タウン情報誌 Cityかまがや100号  寄稿  私の健康法「日常編」   新屋敷 孝

  旅に出ていない日常生活でも“走”は続けています。夏から秋は早朝4時から和田―江見間往復10キロメートル走ります。頭上に輝く星座を眺め、虫の声や波の音を聞きながら辿る至福のときです。江見漁港では防波堤の赤色灯が点滅し、出漁前の漁船のエンジン音が響きます。旧道を通って帰路へ。右に連なる山の稜線が次第にはっきりとして、日の出を迎える頃帰宅となります。

 新聞に目を通し、朝食を済ませ、一休みしたら午前中は畑仕事です。200坪ほどの小さな畑ですが、耕運・散水・除草・追肥・苗作りなどやることは沢山あります。年間20種以上の作物を作っていますが、苗は高いので、種から育てています。作物は非常に正直で、手間をかけ愛情をもって世話をすれば大きく育ってくれます。無農薬で育てた野菜を食する幸せを妻と味わっております。
 9月から館山市と丸山町の産直販売所に野菜と苗を出荷し始めました。公民館主催の園芸教室に通ったり、家庭菜園検定を受けたりして、園芸の知識・ノウハウを身につけています。
 週2回近くの江見小学校体育館での健康運動・ソフトバレーに妻と通っています。大半が幼馴染の70歳以上(最高年齢80歳)の人々ですが、いつも元気をもらっています。メーンのソフトバレーは好プレー・珍プレー続出で笑いが耐えません。時には野菜や果物、花などをいただいたりします。最後に全員で童謡を歌い、家路に着くのです。
 これからも“走”を楽しみ、高齢者や地域の方々との交流を大事にして、心と体の健康づくりをしていきたいと思います。

筆者紹介  2006年定年を1年早め、鎌ケ谷市立北部小(教頭)を退職。鹿児島最南端から、最北端の宗谷岬まで93日3400ワを走破。現在南房総市在住。  6月には2度「石巻復興支援活動」に参加。野菜の救援物資を届けたほか、物品の配布やカレーや焼きそば給食の手伝いをした。



▲東日本大震災で大被害を受けた仙台市若林区荒浜地区、綿栽培プロジェクト園にて。津波の被害で稲作ができず、塩害に強い綿の栽培をすることで農業の再生を目指している。