タウン情報誌 Cityかまがや101号

インタビュー 千葉県指導農業士 田中 茂さん



梨ひとすじ 〜技術を世界に発信〜

 農産物のブランド化を進めたり、「あきづき」PRのために森田県知事のところまで、梨を届けたり、イオン鎌ケ谷店に県知事を招き、梨販売の販路を広げたりと、梨業組合産直部会会長として精力的活動が目立つが、個人的には韓国、中国へと技術指導に1年の3ケ月ほどを過ごす。そんな梨研究一筋の田中さんにインタビュー。

■ 産直はおいしい ■

―いつもおいしい野菜をありがとうございます。今日は「梨」研究にのめり込んでいるという噂を聞いて、伺いました。
 昨日も果樹種苗協会の研修会に行ってきました。全国から集まったのですが、昨年度は、果樹の販売落ち込みがすごかったですね。
ー放射能の影響ですか。
 そう、桃なんかも売れなかったそうです。バラ科の梨は放射線の吸収率は千分の一といわれていますので、安心ですが、一番影響を受けやすいといわれる「稲」は大変ですね。
―鎌ケ谷の梨は、市場にはあまり出ていないですね。
 幸水だと10%くらい。豊水、新高などを含めて平均して75%は直売所で消化してしまいます。産直が何故おいしいかといえば、完熟で売るからです。  早取りしろと流通は言うけど、青いうちに収穫すればまずいです。
―鎌ケ谷の梨農家の横の連携は?
 10年程前から推進委員会を作って、一本化したいと思ってきたのですが、いまは、梨業組合、梨観光組合、梨ふるさと会と三つに分かれています。三つとも入っている人もあれば、何も入っていない人もいる、皆それぞれが社長ですから、難しさもあります。  今は産直で殆ど消化できてますが、梨を贈る人って高齢者が多いんです。贈答品を贈る習慣もなくなっていくでしょうし、梨園に来るより、スーパーに注文するようになったりするでしょう。そんな時でも農家がやっていけるようにしていかないといけません。
―田中さんはいつから梨作りを?
 二十歳で婿養子に入ったのですが3代目です。29歳から世帯主になってやってきました。ですから、いまは、私も農園は息子に任せて、梨の研究ばかりです。  幸い東葛地区って後継者がいる珍しい地域です。市原のほうへ行ったら後継者不足ですからね。

■ 韓国の全南大学講師 ■

―韓国や中国に指導に行っているそうですが、きっかけは。
 6年くらい前、韓国の全(ゼン)南(ナン)大学の先生が日本に来ていて、ホームページをみたからと、うちに来たんですよ。韓国と日本では梨の作り方が違う、ぜひ教えて欲しいといわれていくようになりました。行くからには自分も何でも答えられるようにと、勉強しました。
ー中国は?
 ジャパンシルバーボランティアという団体がありまして、発展途上国にボランティアに行くというもので、『果樹』担当で中国に行くことになりました。鎮江の湯山というところで、果樹や農業をやっている研究所で、5反の梨を無農薬で作っています。
―たとえばどんなことを教えてくるのですか?
 韓国では田中式剪定法っていわれてますが、「摘芯」という技術があるのですが、これは3年が限度といわれる結果枝(実をむすばせる枝)を10年持たせる技術です。伸びてきた芽をどこで切っていくかが大事なんです。枝を伸ばせばゴミが増える、いらない枝を早め早めに切っていく、ゴミを宝にという発想から始まったものです。  そのほか育種、台木など。
―長十郎の木を台木にして接木すると聞いたことがありますが。
 今は「キタマメナシ」「マンシュウマメナシ」などを台木にします。水分が多いと病気にもかかりやすいので、水分の少ないもの同士を掛け合わせて種を取り、その種をまいて台木にするとか、色々試しています。ネパールの木は実はゴリゴリでまずいけど、水分のない木なので、丈夫な台木が作れそうとか・・・。  新高でも今より7月の平均気温が0.5度上がるだけで駄目になるといわれています。温暖化に耐えられる台木や品種を作っていかねばと思っているんです。
―新種の梨を申請したそうですが、新種を作るには何年位かかる?
 やっぱり普通10年位かかりますね。1万個にひとつくらいしか新品種はできないし、俺の場合は偶然で、短かったんですが。孫娘の名前をつけたかったのに、駄目だったのが、残念です。
―子ども時代から研究したり、勉強したりが好きでしたか?
 勉強は嫌いでした。  若い頃は朝3時から農作業しましたよ。その頃は、グループで、カブの種まき機やカブを洗う機械、梨棚の下のトラクターの改善とか、メーカーさんにいろんなアイディア出して、改造してもらいました。  今は梨に関することだけは、力がはいってしまいますね。
*  *  *
 梨の話をうれしそうに語る田中さんは、鎌ケ谷市初富生まれの初富育ち。今までもそしてこれからもずっと鎌っ子である。  梨の木と対話しながら「おいしくて、病気に強く、作りやすい梨」を目指して工夫・研究している。「皆がよくなってくれれば」と自分の技術を誰にでも教え、十年後二十年後の農業を考えているのだ。  『梨の由来』の本を読んだら梨の原種は中国で(中国の地層から種が出てきた)、ヨーロッパに渡ったのが西洋梨、アジア地方のが日本梨というのを知って、非常に興味が湧いて・・中国旅行に行ったとき、種を持ってきて蒔いたら、芽が出て…それを接木した、それがはじまりですかね、と振り返る。  こんな人がいる限り、鎌ケ谷の梨の未来は楽しみである。

ぷろふぃーる  昭和27年5月13日生、鎌ケ谷市初富在住。鎌ケ谷小・鎌ケ谷中・日体大柏高卒。松戸信用金庫勤務。結婚と同時に農業に従事。野菜と梨の「田中園」。千葉県農山漁村いきいきアドバイザー、鎌ケ谷市農業士会等会長、鎌ケ谷市梨業組合 産直部会会長。