Cityかまがや104号 インタビュー  株式会社シマダ 代表取締役 入井憲弘さん
壁にぶち当たったとき、 そこからがスタート

ぷろふぃーる 入井憲弘(いりい・のりひろ)昭和19年本所に生まれ15歳まで龍ヶ崎で3人の姉妹に囲まれ育つ。スプリング会社に勤務後、26歳で葛飾にて独立。10年後会社組織に。松戸市紙敷を経て平成元年鎌ケ谷市初富の現在地へ。

株式会社シマダ 事業内容:スプリング開発製造、自動車部品開発製造、鉄道部品開発製造、弱電部品開発製造、その他開発試作品等の製作、LED関連製品の開発・製造・販売

■ ホットカーラー大ヒット ■

―おもしろい発明をしている方だと伺って、今日は楽しみにしてまいりました。
 よくいらっしゃいました。わかりやすいものでは平成元年ホットカーラーを発明しヒットしました。平成5年には2万台出荷、販売はダイエーで、当時ここで50人近くの女性たちが働いていました。
―そういえば使いましたねえ。ホットカーラー。
 でもじきに大手や、中国に真似されて、やめてしまいました。特許を出していてもちょっと変えて作られてしまう。
―発明のきっかけは。
 ホットカーラーは妻が毎日カーラーをまいてたいへんそうだったので、小さいヒーターを入れてみたわけです。  スプリング開発製造をやっていまして、ドライヤーやこてを作っていました。ドライヤーの中にはスプリングが巻いてあります。巻きつけるというのも、なかなか難しいんですが、うちが考えた方法です。それから柄の中にスプリングを入れて回転コネクターを開発しました。だからうちのはコードがからまないドライヤーです。
―新しい製品はどういう手順で出来上がっていくのですか。
 大体は、こんなものが欲しいんだけどといわれて、どうしたらいいか考えることが多いです。たとえばスノー用ワイパー。普通はプラスチックですが、豪雪地ではすぐ壊れてしまいます。金属で作ってみました。この材料の配合はうち独特ですから、他社ではまねできません。ワイパーの切り込みを作り出すのに3年かかりました。試作を繰り返しながら、作っていきました。今、年間60万本「PIAA株式会社」に卸し、イエローハットやオートバックスで販売しています。

■ 中小企業の生きる道 ■

―どんな子どもでしたか。
 やっぱり木工で飛行機作ったり竹トンボ作ったりが好きでした。コンクリートをやすりにして、刃物作ったり、危ないもの作っておこられたりしてましたね。  また終戦後ですから、父は学校出ていても生活はたいへんで、母や姉が苦労しているのをみていて、父のせいだと反発していました。  で、技術者になろうと思って、最初は時計屋さんに勤めたけど、スプリングやさんに変わりました。スプリングって動くものには必ず使われている。用途が幅広い。将来性を感じました。
―葛飾はおもちゃ工場など中小企業の多い町ですね。
 私は下町で育って、『人の義理は自分から引くな』という母の教えを守って自分から、縁を切ることはありません。先輩にもかわいがられ、交友関係は皆長いんですよ。  中小企業が駄目になっていくのがいやで、今頑張っているのです。ひとつ考えれば何十社という中小企業が助かる。だから開発するんです。大手に頼らず、自分で考えて作っていくことが、中小企業の生きる道です。
―今考えていることはどんなことですか。
 「振動発電」です。これは振動させることによって、エネルギーを生み出すという、画期的な技術です。金沢大学と提携して、今色々試作品を作りながら考えているところです。  乾電池に変わるものとして考えているんですよ。ほらここたたくと振動が伝わって、豆球が点くでしょ。
―あ、すごいですね。
 ずーっと点灯させるために、どう振動を与え続けるか!ですよ。ずっと電気が点いていれば配線もいらなくなるし、電気自動車などにも使えるし・・なんてね。  あきらめないをモットーにしてますから、うまくいかなくてもそこからがスタートと考えています。開発は一歩進んだと思っても、また戻ったりと、そう、トイレの中で考えると一番いいですね。

*   *  *
 鎌ケ谷市のはずれに株式会社シマダはあった。回りは木々に囲まれ急に別世界のいなか風景となる。  入井さんと技術営業部長の石原さん、二人の紳士がにこやかに出迎えてくれた。  「ユニークな会社」と自負するだけあって、いろいろな分野の開発を手がける。よそではできない難題を持ち込まれると、かえってファイトが沸き、ねばり強く取り組む。うれしげに楽しげに試作品を説明するその目は少年の様だ。開発成功の喜びは自分のためというよりは中小企業で頑張っているみんなのためにという思いが強い。  頭の中は仕事ばかり?かと思いきやカラオケが大好き。ジャンルはポップスから演歌まで何でも歌いますよ〜と。小学校5〜6年生からギターを弾き、これで食べて行きたいと思ったそうですから相当な音楽好きのようです。  柔らかな頭で、鎌ケ谷から大発明!なんて世界を驚かす日が近いかもしれません。