Cityかまがや105号インタビュー


「サロン和」のママ 相澤和子さん

やらなければならないことを 好きになろう。好きでないことは 好きになるまでやろう。


ぷろふぃーる 相澤和子(あいざわ・かずこ)千葉市おゆみ野生まれ。昭和34年3月千葉大学教育学部を卒業後、小学校教員となる。35年結婚。常盤平小、鎌ケ谷小学校勤務等を経て41年退職。印刷業を始める。平成23年7月廃業。24年人々が気軽に集える憩いの場「和(なごみ)」を開設。

「サロン和」利用方法 利用者は会員登録を。入会金無料。 会員の同伴者は利用できます。 料金 1日一人200円   利用時間 午前10時〜午後6時  貸切 前半 10時〜2時 ・後半 02時〜6時 各2000円      飲食物は持ち込みとする。  定休日 毎週水曜日  年末年始 12月26日〜1月4日 ・夏期 8月10日〜8月16日 ・臨時休業日 サロンの都合により5日程度

■ 母の笑顔が見たくて ■
―今日は何の会があるのですか。
 午前中は百人一首で、午後はマージャンです。マージャンが流行っていた時代の方が、今定年を迎えて大勢来て楽しんでいます。人数足りない時は私も入って一緒に。成績表も壁にはっています。
―特に男の方は家にこもりがちですが、楽しそうですね。
 お金をかけず気軽に集える場所をぜひ作りたいと思っていまして、いまこうしていられる毎日が私自身とても幸せです。一日一人でもおしゃべりを楽しんでもらえるならと思いましたが、実は自分が何もなかったら元気が出ないんです。
―子供会、自治会、子ども劇場、民生委員、市民祭り等々、数々の立ち上げや運営にかかわり、今の鎌ケ谷市の市民活動の土台を作ってきました。今また高齢化社会の救世主となるような場所作りを自費で始めたその原点は?
 やっぱり母ですね。私は8人姉妹の末っ子。母は私を産むとすぐにリウマチにかかってしまって。2歳で洗濯したり、母の背に着物をかけてあげたり、5〜6歳では母の髪の毛を梳かしてあげたり。母の笑顔が見たくて色々しました。
 体の弱い母でしたが、雨の日は狭い我が家に近所の農家のおばちゃんたちが集まってきましてね。愚痴を聞いてあげていました。私はみんなのお茶を入れながら、聞いていました。あんまりおばさんたちをじっと見るので、「顔よりちょっと下を見て聞くといいよ」と母に言われたこともあります。いつも笑顔を絶やさず、話を聞いてあげている母が好きでした。
■ 先生になろうと決心 ■
―先生になろうと思った動機は。

 それがね。小学校1年生の時、先生にいじめられたんです。戦争中ですからね。当時は先生も様々な人がいたんです。貧乏とかきたないとか、付け届けをする人はひいきするとか……。
―貧乏っておっしゃるけど、お父さんは助役さんと伺いましたけど。
 昔の村の助役は安いお給料だったんです。私は高校も大学も奨学金をいただいて行ったんです。  昔は宿題が出ても家の手伝いでやれない子もいました。宿題がやってないと、次の日居残りでやらせられる。でも勉強ができないといつまでも帰れない。そのときからできない友達には教えてあげて早く帰れるようにしてあげていました。だから私は小学校1年生の時「貧乏な子と勉強できない子の先生になる」と決めました。中学になってもその気持ちは変わりませんでした。
 あるとき弁論大会があって、先生になりたいという作文を書いたんですが、先生批判だからとその部分はカットされてしまいました。県大会に行ったのですが、大きな声が出ませんでした。おたふくかぜのせいにしていましたが、本当は他の出場者のを聞いているうちに、自分の内容がチャチに思えて声が出なかったんです。
■ 憩いの場を開設 ■
―その思いを貫いて先生になったわけですね。
 でも就職難でした。434人の卒業生中4月1日付けで正規採用は3人。16人が産休補助教員でした。私も産休補助教員からスタートしました。3ヶ月で代わってしまいますからね……。教育らしいことはできません。  その翌年には結婚して鎌ケ谷に来ました。東葛地区へかわって、馬橋の中学で半年間女子体育を教え、ちょうど常盤平にマンションが出来たとき、あれこれありましたが、やっと念願の小学校1年生の担任になれました。
―学校をやめる決心をしたのは?
 二人目出産後坐骨神経痛になって、半年間寝たりしていましたので、自分の子どもたちのことも考えて、印刷業を始めました。当時はタイピスト不足でしたので、実践向きのタイピスト養成学校まで作りました。
―波乱万丈の人生の最後がこの「サロン」と言うわけですね。
 お蔭様で会員も増え、多くの人が訪れてくださるので、私のほうがいろいろな方とお話できて、幸せ感で満たされています。  ちょっとおしゃべりしたい時、あるいはグループでの予約も受け付けています。皆さん、気が向いたときどうぞお立ち寄りください。
  
* * * Cityかまがやスタート時の27年前、印刷所の2階の一室を編集室として貸していただき、アドバイスもいただいた。  その頃は鎌ケ谷市の草創期で、市民リーダー的な女性たちが多勢活躍していた。そんな中で相澤さんはひときわ輝いていた。しかも仕事、主婦、母業をこなしながら。
 様々な公的役職を整理したが、昨年4月朗読ボランティア「話の扉」を立ち上げた。秋の東部学習センターのふれあいまつりでは、思い切って舞台に立ち、「かわいそうなぞう」を皆で1ページずつ読み、会員は自信をつけた。思ったらすぐ実行!「即決・即行動」バイタリティーのある人だ。
 一昨年両ひざを手術したと言うのに、今は1日1万歩歩いている。1月14日に降った翌日の雪かきも若い人より元気でやれた。「歩くって大切ね」と、益々元気に、益々にこやかに。