Cityかまがや108号 鎌ケ谷の自然を訪ねて107

鎌ケ谷の大地を、「相馬野馬追」の騎馬武者が練り歩く      写真と文 秋山秀一

「馬、何頭いる?」 「十二頭。少し興奮しているようだった。貝柄山公園の、噴水と馬の像の間に広場があって、そこにパドックがあって、後ろ足を蹴ったりしていた」
 そう言ったのは、旅楽舎の事務局長、Hさん。 「初めて知りました。将門の子孫が…。楽しみにしてました」 と、鎌ケ谷市民の名カメラマンMさん。それに、 「今年の鎌ケ谷市民まつりには、初めて、相馬野馬追の騎馬武者がやって来ます」 との貴重な情報を教えてくれたKさん。新鎌ケ谷駅に4人が集合。 前回、最後のところで、「軍馬観世音菩薩」や「出征軍馬英霊の碑」の話が出た。だから馬がらみ、というわけではないけれど…、初めて鎌ケ谷に相馬野馬追がやって来るのなら、せっかくだから、ということで、今回は、10月12日に鎌ケ谷市内を歩くことに…。

 この日は、新鎌ケ谷駅周辺の新鎌ふれあい公園、新鎌ケ谷駅南口ロータリー、それに鎌ケ谷市役所駐車場の3箇所を会場に、第39回鎌ケ谷市民まつりが開催され、どこも大賑わいだった。  天気もよく、福島県相馬地方から国指定重要民俗文化財の相馬野馬追が初めて特別参加するということもあって、多くの人が会場に押しかけ、大いに盛り上がった。

「相馬野馬追が、何で、鎌ケ谷に…?」 との問いの答えは、鎌ケ谷市民まつりのポスターに、次のように書いてあったので、引用することに。 「鎌ケ谷」と「相馬野馬追」には歴史的な縁と多くの共通点があります。相馬野馬追の由来は、平将門が下総国小金原に野馬を放ち敵と見立ててこれを追ったことに始まるとされます。また、平将門の子孫と言われる相馬氏のルーツは、鎌ケ谷市域の北部を含む「相馬御厨(そうまみくりや)」という荘園を治めたことから始まります。相馬氏が鎌ケ谷の地を去って600年余り、「相馬野馬追」の騎馬武者12騎が「鎌ケ谷市民まつり」に特別参加します。  鎌ケ谷と相馬野馬追とは、歴史的に、こんな強いつながりがあったのだ。

 午後1時半、ほら貝の音とともに、「ヒヒヒ〜ン」と、馬のイナナキが新鎌通りに、聞こえてきた。  沿道で待ち構える人の多いこと。「興奮している馬が2頭いますので、馬が見えるようになったら、必ず歩道に上がってください」  馬も興奮しているようだが、待っているぼくらも、もう、期待でかなりの興奮状態。何と言っても、初めて相馬野馬追をすぐそばで見られるのだから…。  しかし、今回のこの祭り、観客も、警備の人も、運営している鎌ケ谷市民まつり実行委員会の皆さんも、どことなく和やかで、笑顔がいっぱい。皆が楽しみ、気持ちのよい、いい感じの祭りだった。 「初めて馬に触ったけど、きれいな肌してるんですね…」  最後に鎌ケ谷市役所駐車場に結集した馬の鞍がはずされたあとの、市民と馬との触れ合い、これも、良かった。 (旅行作家・大学教授・旅楽舎代表)