Cityかまがや109号インタビュー

サユリ インターナショナル 代表取締役 サマン プリヤンカラさん ニッポン大好き!



ぷろふぃーる
サマン プリヤンカラ。 昭和44年1月21日スリランカ生まれ。1991年日本へ。日立の子会社で働いたあと1996年自動車輸出会社「サユリインターナショナル」を設立。スリランカ政府観光局日本名誉局長。柏および松戸商工会議所会員。妻と4人の子どもと共に中佐津間在住。




■ 地域を大切に ■
—スリランカから日本に来て17年、日本の生活はいかがですか。
 仏教の国という共通点があるせいなのか、文化の違いもあまり感じたことはありません。古いお寺や日本庭園、盆栽などが大好きで、よく見に行ったりします。
—花火やゴミゼロの日など地域行事にもよく参加なさっているそうですね。
 皆さんと一緒に出来る事はやって地域を盛り上げていきたいです。
—学校でお子さんたちがいじめられたりはありませんか?
 最初は心配しましたが、全然そんなこともなく、皆遊びに来てくれたりして、楽しくやっています。

■ スリランカ生まれ ■
—どんな家庭に生まれたのですか。
 
おじいさんが農業をしていて、お米や野菜を作っていました。お父さんは郵便局に勤めていました。私は中学校の頃から、結構いろいろ考えていましたから、おじいさんから畑をちょっともらって人に貸したりして、お父さんよりお小遣い持ってました(笑)。
—えっ~。実業家の片鱗がもうあったのですね。どんな遊びを?
 家はスリランカの南の方で、海まで1㎞ほどでしたから、泳ぎは得意です。それからクリケットをして遊んでました。
■ 日本へ ■
—日本へ来たのは何故ですか?
 高校~大学のころスリランカは軍事政権で、内戦が続いていました。民主化めざして高校の頃から学生運動してましてね、つかまりそうだったのです。私の大学の先生と早稲田大学の先生が友人で、私を日本に逃す努力をしてくれて「特別活動」ということで日本へ来ました。イギリスにのがれた友人たちもたくさんいましたね。日本に来てからは常盤平にあった早稲田大学の先生の家においてもらいました。
—日本語は出来たのですか。
 全然しゃべれませんでした。英語が出来たので、まあ何とかなりました。日本語は先生の家に子どももいたので、半年位でしゃべれるようになりました。で先生の旦那さんの紹介で、日立の下請け会社で働くようになりました。
—つらくはなかったですか。
 昼間はいいんですが、夜になるとさびしくて、つかまってもいいから帰りたい、と思ったことは何度もあります。
■ 奥さんに感謝 ■
—日本人の奥様との出会いは?
 あるとき金沢大学でスリランカの展示会をしたんです。そのとき大学生だった奥さんもスリランカに興味を持ってくれていて、翻訳なども手伝ってくれました。  彼女は愛知県の碧南市出身でお父さんは校長先生だった人で、理解もあり、結婚も賛成してくれました。毎年お盆の頃奥さんの実家にいくのですが、親戚が集まって、特に奥さんは3人姉妹なのでその旦那さんたちと一緒にお酒が飲めて、とっても楽しいです。
—すばらしい方にめぐり合われて良かったですね。
 とても感謝してます。初めて会社を作るときの書類も、最初にホームページを作るときも勉強して、やってくれました。私は思ったらすぐやりたくなるタイプです。でも実務は全部奥さんがやってくれる。けんか?したことないですね。スリランカの人って日本人と結婚している人多いけれど、皆仲良しですね。
—スリランカにはよく行かれるのですか。
 私は仕事を含めて年3~4回行きます。お正月の頃には毎年子どもたちを連れて行きます。が、トイレとお風呂がいやというので、実家を新しくしました。暑い国ですから、普通はシャワーだけなのです。でも子どもたちは湯船につかりたいというので。  スリランカは家族を大切に、皆でわいわいするのが好きです。同じ敷地内に妹家族も住んでいるのですが昼間はずーっと実家にいて、夜寝るときだけ自分の家に帰るっていう感じです。

*  *  *  日本人は皆着物着てると思っていました、テレビの「おしん」を見ていたので…とにっこり笑う。  スリランカではウニや貝は食べないので、最初は刺身も食べられなかった。今は奥様が朝は納豆などの日本食、昼はスリランカ料理(カレーが中心)夜は両方の料理を、とバランスよく作ってくれるから何の問題もない。何でも食べられるようになった。  夢は「今の仕事を大きくしたい」というが、既にスリランカでも、企画・編集・印刷、出版もするという会社を経営し、教科書の4割を制作している。両国で大成功している実業家なのだ。  さらにスリランカ政府観光局日本名誉局長でもあり、自国を知ってもらうための努力も惜しまない。スリランカフェスティバルは毎年2回(昨年9月には代々木公園で、どなたでも参加OK)開催されており多くの人が集まる。  今スリランカは経済成長率8パーセントを超える勢い。走っている車は殆ど日本車だそうだ。今後益々日本とスリランカの絆が深まっていくに違いない。  地域での評判どおり「いい人」でした。

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