Cityかまがや110号 鎌ケ谷の自然をたずねて109


私市冨士彌さんと 一緒に歩く    写真と文 秋山秀一  

「風光明媚な所があるというわけではないですけど、自然災害がなく、歓楽街がない。犯罪も少ない。全般的に鎌ケ谷は住みやすい所だと思います」  と、私市冨士彌さんが言った。  「この前はスイスのことを書かれてましたね」  私市さんは、ある雑誌に連載中のぼくの記事を毎回読んでくださっていて、市内のイベントなどで会うと、そのたびに、うれしくなるようなことを言ってくれる。  そんな私市さんと一緒に鎌ケ谷を歩きながら、昔の話など、お伺いしたいな~、と、ずっと思っていた。で、4月の上旬そのことを話すと、「いいですよ」と、笑顔で、即答。その10日後に、実現した。
 待ち合わせ場所は、市役所のロビー。まずは、屋上に上り、風景を眺めながら話をお聞きし、そのあと、スターバックスに寄り、最後は私市さんのお気に入りの場所に行く、ということに…。

 「市役所の周りなんか、全く変わってますよね」  私市冨士彌さんは昭和5年生まれの、84歳。  「私は東京で生まれ、旧制の学校制度の最後の生徒なんですよ」  鎌ケ谷に住むようになったのは、昭和21年とのことで、その当時、  「明治時代に走っていたような、ちょっと小さな煙突がついた汽車が走ってました。東武電車には船橋から鎌ケ谷まで買い出しにやってきた人が沢山乗ってました」  当時鎌ケ谷では陸稲やサツマイモが有名だったとのことだ。  
現在の仕事を始めるようになったのは、「昭和25年から親父と二人で」。  「東武団地は、昔はユートピア牧場という名前の牧場だったんです。確か帝国ホテルのオーナーが持っていたんだと思いますよ」  う~ん、東武団地に住んでいながら、初めて知った。

 私市醸造のそばに、道路との境界に置かれた御影石に陸軍と読めるものがある、という話を聞き、案内していただくことに…。  あった。確かに、陸軍と読める。  私市醸造から木下街道に通じる窪地になった道沿いに、陸軍と刻まれた、御影石。そして、その谷の部分に、かなり頑丈そうなコンクリートの橋脚が4つ立っている。  「昔は橋脚の上に線路が敷いてあって、鉄橋の上を歩いたんですよ。その線路が、ある日突然盗まれたんですよ。一晩で、鉄の部分だけ、消えたんです」  そんな私市さんのお話を聞きながら、写真を撮っていると、通りかかった人から、「秋山先生ですよね」との声。驚いた。  谷の底にはふたがされているが、ここには二和川が流れている。  「この川だけは、滝不動が源流で,船橋から入ってきているんです」 と、声をかけてくれたNさん。  この川を除くと、鎌ケ谷を流れる川の源流は、すべて市内にある。 (旅行作家・大学教授・旅楽舎代表)

キャプション
①線路の上を歩きました
②橋脚だけが残る
③陸軍と刻まれた御影石
④この下を川が流れている