Cityかまがや114号インタビュー

フラメンコ舞踊手 里 有光子さん
水も弾けるほど、みずみずしく

■ 踊ることが好き ■

─鎌ケ谷育ちということですが。
 はい。鎌ケ谷に高校卒業まで住んでいました。大学は信州大学でしたから長野に。
─どんな子でした?
 住んでいたコーポラスには子供がたくさんいて、東屋の屋根にのぼったりして怒られてました。
 鎌ケ谷幼児音楽学院に通っていた頃、「かぐや姫」のオペレッタをやったのですが、かぐや姫役でもないのに、積極的に、ぐいぐい出ていって…目立ちたがり屋だったですね

─モダンバレエを習ったのはその頃ですか。
 小1から高校卒業までです。仲良し4人組で馬込沢まで自転車で習いに行っていました。ダンスが特に好きだったわけでもなく、身体も固く、才能もなく…友達が行くから行くって感じでした。高校受験などでみながやめていく中、なぜか続いていました。当時ダンサーになると言っていたらしいので、好きだったのだと思います。
─継続するというのも才能ですから。で、大学でフラメンコに出合うわけですね。
 友人に誘われて部活を見学に行き感動!といいたいところですが、今度もまた流されて始めました。
とりあえずモダンバレエに代わる事をやりたいと思っていました。
 買ってしまった高いシューズももったいなくて…みたいなところがあって、フラメンコへの動機を語るたびに申し訳ない気持ちになります。
 大学時代は踊る場所はたくさんあり、いろんなイベントに呼ばれて踊ってました。踊ることが好きだっただけで、フラメンコの良さなどわかっていませんでした。ですから普通に就職して、踊りは趣味かなと思っていました。
 就活もしました。でもうまくいかなくて、アルバイトや派遣で生活して、大学時代の師匠の滝沢恵先生のスタジオに通っていました。そのあとトルニージョを主宰する森田志保先生に師事、今はそこで生徒さんに指導しています。

■ スペイン留学 ■
─この道で生きていけると思ったのはいつごろですか。
 30歳をスぺインで迎えた時です。2009年マルワ財団(瀬戸市にあるセラミックの会社)主催のコンクールで奨励賞をいただいて、その副賞としてスペインのセビージャに1年間留学していた時でした。いろいろな先生の研修を受けている中で、ああこの道で行くのかなあなどと考えていました。
─スペインではフラメンコは生活に密着したものですか。
 小さい女の子も女性らしく踊りますし、太ったおじさんも格好よく踊ります。もともと虐げられたジプシーたちの苦しみ悲しみ、反骨精神が込められているものです。
 実は先日3月15日に行われたマルワ財団のコンクールで優勝し、今年その副賞でセビージャに行けるんです。

─おめでとうございます。賞金も出るのですね。
 賞金100万円と飛行機代が出ます。35歳以下で2年に一度のコンクールですから、最後のチャンスだったのです。
─コンクールではどんな課題をやったのですか。
 予選が2回あり本選に進むわけですが、まず自分で音楽のジャンルを選択し、創作をします。予選では3分間、5分間、そして本選では、7分間と踊る時間も長くなります。踊るだけでなく、演出の部分が大事になってきます。
─フラメンコで一番大切なものは何ですか?
 「コンパス」です。コンパスは拍子ということですが、踊り手、ギター、パーカッションなどみんなの共通言語になります。例えばアレグリアスは12拍が1コンパスです。それを乱さなければみんなで合わせることができる。
 タブラオ(お店)でお客様がパルマ(手拍子)をたたくと、舞台上の音とずれていると舞台を混乱させるので、なるべくパルマはたたかない、その代り「オレ!」という掛け声をかけるとその場の一体感が生まれます。

─なるほど。フラメンコを見に行ったときは手拍子ではなく「オレ!」の掛け声ですね。
 フラメンコに対する気持ちはどのように変わってきましたか。
 自覚のないままにこの世界に入りましたが、今は胃が飛び出しそうに大変と思うときもあります。50歳60歳になった時、いい踊り手になれていたらいいなと思っています。
 踊りにその人の人生そのものが出ると思いますので、雑な人生は送りたくないです。結婚もして、子育てもして、充実した人生を送りたいし、そういう日々の生き方や情熱が人を感動させられるのだと思います。

*   *
 「真っ直ぐな人」だ。もちろんスリムな美しい体形もさることながら、心ものびやかで、真っ直ぐだ。私まで背筋を伸ばし、しっかり生きなければと刺激される。
 「いつも呼吸できることをしていたい」「居心地の悪いところは息苦しいので、自分が気持ちのいい人とつきあいたい」という。それは自分らしく生きたいということであり、自分の気持ちを大事にしたいということなのだ。
 そういう思いが強いからこそ踊りだけで生活できる今の地位を獲得し、さらに高みを目指し努力し続けているのだ。「踊りたいから踊ってきただけ」とごく当たり前のようにいう。
 これからも普通に結婚もして、子供も育てて踊りも踊ってと考えている。その人生がどういう踊りを作り上げていくか?彼女自身が一番楽しみにしているのではないだろうか。


Photo by Yuki Omori

ぷろふぃーる
里 有光子(さと・ゆみこ)
 1979年生まれ。東部小、鎌ケ谷第二中卒。秀明八千代高校を経て、信州大学経済学部システム法学科卒。大学入学後滝沢恵氏に師事。2004年より森田志保氏に師事。2005年日本フラメンコ連盟主催新人公演努力賞受賞。2006年同新人公演奨励賞受賞、2009年マルワ財団主催コンクール奨励賞受賞。同年10月より2010年6月までコンクール副賞としてセビージャに留学し、多数のスペイン人舞踊家に師事。2015年マルワ財団主催コンクール優勝。現在都内タブラオを中心に公演、および講師としても活躍している。A型、さそり座。杉並区在住。