Cityかまがや119号(2016)  連載エッセイ72   気まぐれティータイム

夏のある日           江上真悟(俳優) http://ameblo.jp/egamax/  

 昨年のこの日も暑かった。今年のこの日も暑かった。高円寺の路地を歩いていると、一匹の蝶がひらひらと近くに寄ってきた。そして目の前の杭にとまった。その羽根は今まで見たことのないような美しいオレンジ色だった。一体この蝶はどこからやって来たのだろう? この日は産経国際書展への出展作品を完成させる日。前日「毛皮のマリー」東京公演が終わったばかりで身体は疲れ切っていた。やがて誠心社に到着。ブルーシートを敷いて一畳サイズに書く準備が整った。

 プロを志す役者たちを指導する際、「俳優感─覚え書き」と題したメッセージを配布している。例えば「役のエネルギーは役者のエネルギー。役者のエネルギーは人間のエネルギー」「いかに意識して、無意識で表現できるか」「稽古場は自分実験劇場」「台詞は呼吸」「表現力は見える技術と見えない心のバランス能力」「感情は作るものではなく、生まれるもの」等々……。今までの役者人生の中で感じたことをまとめたものである。書の世界も芝居の世界も共有できる部分があるような気がする。

 Tシャツが汗ばんできた。太い筆の感触を味わいながら、一文字一文字に想いを込め、白の世界に黒のエネルギーをぶつける。一枚書き上げるたびに疲労は増してきた。一枚、また一枚……。悪戦苦闘の末、ようやく作品が完成した。魂が抜けたような虚脱感。まさに舞台の本番が終わった時のようである。風が入ってきた。昨年のこの日の風も心地良かった。

 帰り道、あの杭の上には蝶はいなかった。あのオレンジの蝶はどこへ行ったのだろう?今頃どこを舞っているのだろう?フト、完成した作品「天翔ける」という言葉が蘇ってきた。疲労感はなくなっていた。
昨年初出展した産経国際書展で特選、今年は秀作、連続受賞となりました!