Cityかまがや120号 2016年冬号 特集 

30周年記念企画 アーカイブ 

人々の日常を取材し発信し続けて30年。今読み返してみると、当時の古老の話や活動は、普通の人が普通にどう生きたかを知る手がかりとなり、鎌ケ谷の素晴らしい歴史となって甦ってくる。今回は創刊号と3号を一部転載します

創刊号(1987年) 特集/お正月  かまがやの昔と今
 「お正月」、なつかしく心ときめくこの言葉に、だれもが様々な思いを抱き、年を経てきたことでしょう。昔、私たちの祖先は、昼が最も短い冬至のころを年の境とし、その次の満月を一年の始まりとしました。門ごとに、神の宿る木をそなえ、心を新たにして来たるべき年の幸せを祈ってきたようです。  今、私たちは「お正月」をどう過ごしているでしょうか。鎌ケ谷をふるさととしている人、遠くにふるさとをお持ちの人から、うかがってみました。

蔵開き 山口巌さん(60歳)中沢

 一月十一日朝に蔵開きをしました。五穀(米・麦・粟・きび・豆)が豊作で、この蔵いっぱい詰め込むことができますように、と祈って、家長が蔵の戸を開くんです。 それから凍てつく畑に行き、  一鍬さっくりこ  二鍬さっくりこ  三鍬目の鍬先で  金銀茶釜掘り出した… とうたいながら、朝日に向かって鍬を打ち振るう。我が家ではもうやっていないが、戦後まもない頃まで、やっていた家もありましたね。

先ず若水をあげる 皆川徹男さん(74歳)中沢  
 元旦は、家長が井戸端へ新米を あげ、若水を汲むことから始まる んです。この水で主婦が雑煮を作り、これを門松や神棚、お稲荷さんに供えました。門松の竹や松の 葉の上に栗の枝の皮をむいてつくったお箸でのせるのです。  昼にはご飯の上になますをのせて、三が日の間供えます。今でもやっていますよ。

稲荷神社のにぎわい  浅倉寅三郎さん(72歳)初富  
 鎌ケ谷、道野辺、中沢、初富、佐津間、粟野、軽井沢…と七つの部落はそれぞれの鎮守様(稲荷神社)を中心にまとまっていたねえ。  右京塚の稲荷神社などは、ほかの部落や船橋あたりからも列をなして参拝にきたねえ。何しろ暮れのうちから、古いお札を焼いたり、とてもにぎやかでしたよ。 (注)右京塚の稲荷神社は、今、ケイヨーD2横の新京成線の線路ぎわにある。寅三郎さんの父上が神主で再興されたもの。

天神だんご  
飯田英吾さん(70歳)中沢  
 正月25日には天神さまがあってねえ。米の粉で「天神だんご」を作って、竹や栗の枝にさして、子供らが天神さまへかついで行くんですよ。尋常科の子は、半紙に筆で「奉納天神宮」って書いたのを納めましたよ。

暦で方角を見て山仕事  飯田とよさん(84歳)中沢
 正月三が日は主人が燈明をあげ、若水を汲むことから始まります。使用人にもあたらしい足袋や下駄を与えました。嫁は使用人と同じ扱いでしたね。今はいいですねえ。世の中平らだものね。四日からは暦で方角を見て、山仕事にでかけましたよ。

楽しみは晴れ着  高森長男さん(56歳)中央
 新しい絣の着物を作ってもらったり、下駄や足袋、ももひきなどを買ってもらえるのが、本当に楽しみでしたねえ。お年玉をもらうのも…。  元旦には、学校で式があって、紅白の菓子などをもらってかえりましたよ。私は第三分校(今の三中のそばの入道池)に通っていましたが、式の時は本校(今のヨーカドーの所)へいきましたよ。

お正月より「おびしゃ」
 市原正常さん(71歳)鎌ケ谷
 お正月は旧暦でやってましたから、2月1日でした。2月15日のおびしゃ、御奉謝とか御武謝と書きますがね、の方が盛大でした。  一年の相談事を決める日で、五穀豊穣を祈りました。  部落ごとに、当番の家に米2合持って集まり、料理を作って食べて遊んですごしたものです。 (注)今、中新田でおびしゃを復活し、24人の農家の人が千円会費で月1回集まっている。

先ず神棚に!  平岡善治さん(71歳)くぬぎ山
 昔は収穫も、健康も、金もうけも、みんな自分たちの力でなく、神様がさせてくれた、という感謝の気持ちがありました。だから、どんな行事でも一番はじめに神様、仏さまにお供えするのです。  まず、戸主は心身を清め、神棚、荒神様、仏壇にお燈明をともし、年末についたお供え餅を飾り、次に米蔵、臼、鍬、水神、外の便所にお供えをします。