Cityかまがや120号 2016年冬号 特集

3号(1987年)特集「祭」より

大宮大神―佐津間

 佐津間地区では、昔ながらの神社の祭礼に子どもみこし等が加わって、まつりが行われる。

 大宮大神はアメノウズメの命が祀られており、毎年10月9日には五穀豊穣、家内安全を祈る神事が伝承されている。山門を入ったところに大きなのぼりを立て、社にしめ縄をはって、神主さんが厳粛にお祓いをする。

 昔は境内に万燈が並んで夜店も出た。若者がおみこしを担ぐ。絣の着物の裾をはしょって、はちまき、草鞋という出立ちで、物を貰い練り歩く。大正の中頃はかなり盛んで、30軒程の村全体が心を一つにする時でもあった。
 佐津間は発祥以来700年になる。この歴史をになう秦野甚市さん(77歳)は、「氏神さまに感謝するまつりですから…。一人前の若者として村につくそう、悪いことは、しないって自覚したもんですよ」と綴った資料を手に、信仰心の厚い村人のようすを語る。
 まつりの時にはどの家でもお餅をついた。マチ迎えといって、あんころ餅を重箱に入れて、里帰りの迎えに行く習慣もあった。  戦争中も祭礼だけは続いた。

 10年程前、子どもたちにふるさとの思い出をと、みこし協力会ができた。寄贈もあって樽みこしを含めて今三基ある。10月9日・10日にハッピ姿の子供達が二手にわかれて練り歩き、山車もでる。  8月10日には空地で盆踊り大会があり、風船や焼きそば等が無料で配られる。子供会は老人会、青年会の協力で行われる。世話役をされている川上秀雄さん(69歳)は「今は他に娯楽も多く、個人主義になりがち。こんな時代だからこそまつりをと思うんです」。 人がいっぱい集まるようにしたいと熱心に取り組んでいる。 今年のまつりが楽しみである。

八坂神社の 夏まつり―粟野

 粟野には門を構えた大きな屋敷が目立つ。その庭は、樹齢何百年という大木が枝を広げ、緑が深い。歴史のある、信仰心厚い土地柄と聞く。  戦前まで50戸ほどの村であったが、神社と氏子が一体となり、まつりは盛大に行われて来た。  その当時の様子を、生粋の粟野人、石原輝夫さん(77歳)に伺いました。

 夏まつりは八坂神社の祭礼の日、7月14・15日におこなわれる。  まつりの準備は、神社の役員が初富と粟野の境に、竹を立てることから始まる。7月1日には、その竹にしめ縄を張り、7日には神社にのぼりを立て、村の要所要所にちょうちんを掛けて回る。家々の門の軒には紙で作った花を飾り、みの紙に絵や文字を書いたまつり用のあんどんを掛けた。

 13日、準備完了。14日・15日、いよいよ本番!境内には盆踊りのやぐらが立ち夜通し踊り明かす。囃子方や面踊りの芸人はよそから頼んで来た。村人はそこまで手が回らない。子ども相手に氷・金魚すくい・おでんなどの屋台が並び、しし舞も家々を訪れたりで、村はいつに無くにぎわった。  みこしも村を練り歩く。まつりも今や最高潮。田んぼにみこしを投げ出したり、泥まみれになって、なお気勢はあがり、夜っぴてかつぎまわる。さすが、スサノウの命をまつる神社の氏子、威勢がいい。

 家では赤飯を炊き、ごちそうを作って、嫁いだ娘や外に出た家族が戻ってくるのを待つ。  家の中も外も、まつり一色、心浮かれて時は過ぎる。  現在、みこしを繰りだすのは、3年に一度。新しい住民も加わり、少しずつ形を変えながら、まつりは今も続いている。10年前には立派なみこしも新調した。  みこしの出ない今年の夏まつりは、八坂神社の境内で、カラオケ大会がひらかれる。