タウン情報誌 Cityかまがや122号(2017年夏号)

鎌ケ谷の自然を訪ねて121

“和の畳”一級技能士、 後関俊一さんと、歩く。        写真と文 秋山秀一  

 鎌ケ谷大仏駅から自宅へ帰るとき、いつも後関畳店の前を通る。奥の部屋で仕事をしている後関さんの姿を時々見かけることがあり、「地元鎌ケ谷で仕事をしている若手の人の話も聞きたいな~」 と、思っていた。  縁があって、そんな話を後関さんにぶつけてみると、 「いいですよ」  ということで、今回は、地元で畳店を営む後関俊一さんにご登場願うことに…。

 4月中旬の土曜日の午後、店で待ち合わせ。通りに面した扉を開けると、畳が敷いてある小部屋があって、その奥が仕事場になっている。この畳の部屋が、月曜日と木曜日の週2日、小学生を対象とした学研教室となる。  畳屋は、「うちの父親の代からで、1人でやるようになって、10年以上になります」とのこと。  昭和51年の生まれ。「今年41になります」ということで、「青年会議所は卒業しました」。  〈主催:鎌ケ谷青年会議所〉と書かれたフラッグが隣の部屋の壁に貼ってあるのが見えたので、そのフラッグについて尋ねたことから、青年会議所が行っている様々な行事についての話を聞くことになった。

 「青年会議所は1年ごとの単年度制なので、いろいろな役職やりました」  「去年、鎌スタで、日ハムさんと一緒に花火をやりました。《スタンドから見える花火》って、言ってますね」  今年も、8月19日にやるとのこと。いい話である。

 ここで、隣の仕事場へ移動。  畳に関する話を聞くことに…。  「畳って、裏にもゴザを巻いてあると思っている人がいるんですけど、土台の上に、表だけゴザが巻いてあるんです」  なるほど、それで、畳表というのか…?これ、冗談(笑)。
 昔、地理の授業で、畳表の材料は井草で、日本の産地は岡山県っていうようなことを習った記憶があったので、  「材料は国産ですか」  と、聞いてみると、  「中国と、国産は熊本です。今は、国産はほとんど熊本産ですね」  と、後関さん。
 土台には、化学床と藁床があって、湿気に対する反応や畳の重さなど、それぞれの利点を生かして選択されているようだ。どのくらい持つものなのか聞いてみると、  「畳は、新しくしてから、2年から3年で裏がえしをして、それから5年ぐらいで表換えをするのが…。理想を言えば、ですね」  とのこと。仕事の様子を、見せていただいた。  「今、ほとんど機械で行いますが、手で縫うことも、可能なんです」
 後関さんは、一級技能士の資格を持つ専門家。学校の子どもたちに、その技を見せることもある。  最近では、畳のない家も、結構ある。障子、畳、炬燵…。これらを知らない子どもたちもいるが、  「保育園には、畳の部屋がある所が多いですね」という話も聞いた。

 4人のお子さんがいる、後関さん。市内の様々な活動にも、積極的に参加している。  まだ桜の花が咲いている咲が丘小学校のグラウンドで、サッカーのドリブル練習中の小学6年生になる長男の姿をグランドの隅で眺めながら、鎌ケ谷についての思いを語る後関さん。
 末っ子の怜希ちゃんは、初富小学校の1年生。自宅にいるというので、では、と、3人で初富小学校へ向かうことに…。  会うなり、怜希ちゃん、後関さんのことを、「とうちゃん」と呼ぶ。  久しぶりに聞く、この言葉。 20年ほど前、我が家でもそうだったな~、と、思わず、ニッコリ。  初富小学校のグランドに、怜希ちゃんのお友達がボールを持ってやってきた。さっそく、駆け出して行って、ボール遊びに興じる行動派の怜希ちゃん。  グラウンドの回りの桜の木には、まだ2分ほど、花が残っている。  初富小学校の野馬土手は何度も見ているが、桜の花の時期の写真はあったかな~、と思い。2人をモデルに、記念の写真を撮る。
 「同級生の女の人で、外に出てた人が、結婚して、鎌ケ谷に戻ってくる人が結構多いんですよね。男の人ならわかるんですけど、女の人が多いっていうのは、ちょっと驚きですね」と言った後で、「鎌ケ谷が住みやすい、ってことですかね」と言った。その通り、である。 (旅行作家・元大学教授)