Cityかまがや123号 2017年秋号 鎌ケ谷の自然を訪ねて122

「鎌ケ谷に咲く、ヒマワリより元気な笑顔」
写真と文 秋山秀一

 鎌ケ谷に暮らすようになって、いつの間にか、40年…、以上になる。ウ~ン。時間というものは過ぎてみれば、短かった、と、思うものらしいのだが…、いま、まだまだやりたいことが山ほどあって、そんな過ぎ去ってしまったことを考えるヒマも、余裕もない。とにかく時間がない、というところが、正直な気持ちなのである。
 限られた時間の中で、やりたいことをやるためには、やりたくないことを、できるだけ、やらないようにするしかない。昨年の3月末、大学を定年退職。それに合わせて、学会、研究会の類を退会し、某文学賞の実行委員を辞め、その他、いろいろな「お役」から手を引いた。でも、鎌ケ谷だけに引きこもっているわけではない。有楽町駅までの定期券を購入し、日々、「まち歩き」を楽しんでいる。むしろ、行動範囲は広がった。
 自宅の近所、見知らぬ土地を問わず、自分のペースで歩く。何かがあるから歩くのではなく、ただ歩きたいから、歩く。途中、予期せぬ、何か、に、出合うことがあれば、ありがたいと、大喜び。
 そんな日々を送っている。
 夏の暑い日、鎌ケ谷を歩く。
 道路沿いの小さな花壇に咲くカンナの花を見て、「夏だな~」と、改めて思う。住宅地の中のちょっとした空き地に、大きな、ヒマワリの花。この花が見たくて、何度、その横の道を歩いたことか…。
 大輪のヒマワリの花もいいが、この花を植えた人が、素晴らしい。
 本多静六は、著書『私の生活流儀』の中に、「風景美、庭園美の満足は、もっぱら、私園に求めず、公園にこれを求めるようにしている」と書き、公園主義を提唱している。さしずめ、このヒマワリの花なんかは、道沿いの「私園」を、だれでも見て楽しめる「公園」にしているものと、いえる。
 ぼくは、子どものころ、夏は、田舎の子、だった。小学5年から
中学2年まで、毎年夏休みは、当時、山と海、自然がたっぷりあった木更津の母親の実家で過ごした。
 この原体験が、今でも心に残り、その後のぼく自身の生き方に大きく影響した。子どものころに、一生心に残るような素晴らしい自然を見ると、その子の心は豊かになる。そんな思い出をたくさん持つ子は、強い。そう、思う。
 前回、このコーナーに登場した後関俊一さんは、青少年相談員になって、4期目。小学生から18歳までの児童・生徒を対象に、「遊びの場」を提供している。
 その後関さんが、青少年相談員になって、3期目の、「とっても元気な人」を紹介してくれた。
川村あゆみさんである。
 川村さんは、5中の卒業生。中学時代は、ソフトボール部で活躍。後関さんの妹さんと同期で、今年40歳。都内のIT関係の仕事に就いていたが、結婚して、今は、鎌ケ谷に暮らす。
 「主人は船橋出身なんですけど、『住むなら鎌ケ谷』って、いま、主人も一緒に、鎌ケ谷に暮らしています。私には、姉もいて、姉の旦那さんは野田の人なんですけど、姉も、鎌ケ谷に住んでいます」
 とのこと。うれしいね~。
 〈住むなら鎌ケ谷〉、この言葉、鎌ケ谷に生まれた人が言う言葉だけに、重い。この先、川村さんのお子さんも、そう言えるようであれば、こんなに素晴らしいことはない。そのためには…。
 「子どもが学校に入って、入学式とか行くと、あれっ、あっちにも、こっちにも、昔の同級生の姿が…」
 こんな、いい話もでた。
 「川村さんは、子どもたちに大人気ですからね」「人柄が出ますよね」と、後関さん。
 「大変だと思わないで、楽しんでやってます」と、川村さん。
乳がんの手術を、2度も体験したことを、後で、知った。
 「髪の毛が抜けて、ずっと帽子をかぶっていたんです。やっと、人前にそのままで出られるくらいになりました」と、笑顔で言う川村さん。「現実を受け止め、いかに楽しむかですね」と、しみじみと…。
 フレー、フレー、川村! 
 青少年相談員・川村あゆみさんと、鎌ケ谷の自然の中で、思いっきり遊んだ子どもたちは、強い子になる、に、違いない。
(旅行作家・元大学教授)