Cityかまがや124号(2017年冬)インタビュー 英語のKEIKO先生

話せる英語を目指して


■パワフルな授業■
―子どもたちへの英語の授業を初めて見せていただきましたけど、ハイテンション、ハイテンポで子どもたちもノリノリでした。
 はい。いつもこんな調子ですが、クラスによっても、その日によっても違います。子ども達と目を合わせればわかりますから、盛り上がらないときは、臨機応変に、やる内容を変えたりします。楽しい授業を心掛け、「先生好き」と思ってもらえれば、英語が好きになるのではないかと思っています。

―先生がGo away! というと子ども達も一緒に、悪魔を追い払う動作と共に、英語を真似して言っていましたね。
 今までの私の経験から、話せる英語を!と思っています。月、火、木、金の週4回年少は10分、年中、年長は15分ずつ、各3クラスに教えています。  全部英語にしようと思ったのですが、水曜日にはネイティブの先生が教えに来ていますので、違うやり方の方がいいかなと思い、少し日本語を入れ、わかりやすくしています。
―子ども達が立ったり座ったり、歌ったり、物まねしたり、自由自在に動いていて、気持ちよくて楽しいですね。
 今はハロウィンが近いので、カボチャや魔女や、お化けなどが出てきました。12月は英語でクリスマスソングを練習します。

■受験英語では話せない■
―英語との出会いは?
 特別勉強していたわけではありません。中学に入って初めてA、B、Cを習ったんですよ。でもAPPLEと書いてAをエイと教わったのになぜ「ア」と読むのだろうと思いました。ラジオ講座を聴いたり外国人がいる環境でもなく、塾にも行かず、学校の授業を普通にやっていただけです。  でも英語は好きでしたから普通に90点は取れましたが、話すことはできませんでした。  当時ピアノを習っていましたけど、将来音楽学校はお金がかかるし、他の教科もダメだし、と消していったら、英語が残ったのです。で、大学は英語科に行って、卒業後は成田空港で働きました。
―会話力を活かして?
 いえいえ。決まった会話はマニュアルがあるので、それを覚えていればできますが、お客様にイレギュラーな質問をされると、うまく答えられない。もっと力をつけないとダメだと思いました。  その後予備校の講師を4年間。でも受験英語と会話する力とは違っていて、思うような会話はできませんでしたね。  それから出産を機に予備校はやめました。そのうち主人がアメリカへ転勤になり、9年程アメリカに住んでいました。
―チャンス到来ですね。
 向こうではボランティアが盛んです。自分の子どもも学校へ行く年令になっていましたから、私もボランティアで学校のお手伝いによく行きました。  それで違う方向から英語を見ることができるようになりました。「文法」や「書く」から「聴く」「話す」という英語への転換ができたのです。そこで得たものが今の授業に大きく役立っています。  今の親御さんたちはネイティブの英語の先生を求めている方が多いようです。  就活時電話で外国人の顔していますかといわれたことがあります。純粋の日本人の顔ですので、面接までも行かず断られました。
―鎌ケ谷みどり幼稚園は何年目ですか。
 4年目になりました。ここでは自由に私がやりたいようにやらせていただいていますので、とてもやりがいがあります。  その分いつも英語の事を考えていますね。自分が歌って踊って楽しければ教材として使う。  昔「あなたの好きなシンガーは誰?」という簡単な質問も、聞き取れなかった恥ずかしい経験もしています。子どもたちは恥ずかしがらずに大きな声で、言葉を返してくれます。  英語上達には下手でもいいから、自分から話しかけて積極的にいくことが大事です。

*   *   *
 「Hi, how are you?」と授業が始まった。元気よく子ども達も言葉を返す。それから15分間の英語のテンポの良い弾丸トーク。歌あり踊りありの授業を終わり「See you」と教室を出る。完全燃焼の授業を終えるとすぐに隣の教室へ。  目いっぱい体も口も動かしているので、夏の暑い時はジーンズがゆるゆるになり、ダイエットになりますよと笑う。いろんな言い方があるので英語辞書のアプリも10個以上入れて研究する。現地で使われていない表現が日本では教えられたりしていますともぼやく。  話せない英語教育に疑問を感じている一人だが、KEIKO先生に教わったら、きっと誰でもしゃべれるようになりそうな、そんな素敵な時間でした。

ぷろふぃーる 稲毛圭子(いなげ・けいこ)  昭和44年生まれ。千葉県出身。血液型A型。趣味 読書、映画、音楽、しかしすべて英語がらみ。