Cityかまがや124号(2017冬)

鎌ケ谷の自然を訪ねて123
秋山よし、96歳。 鎌ケ谷でしっかり生き ました。           写真と文 秋山秀一  

▲96歳の誕生日に、色紙に書いた「旅」

「秀ちゃん…」  2階にいると、下から、小さな声がした。 「立てないよ」 「お袋、大丈夫か」 「気持ち悪い」  2017年、10月21日の深夜のことである。それが、お袋との最後の会話になった。大正10年7月21日の生まれ、96歳だった。

 生前、お袋は、「体はどこも悪くない。悪いのはこの足だけ。歩けなくなったら、どうしよう。それだけ、考えちゃうよ」と、言っていた。亡くなるその日の朝も、普段通り、起きるとすぐ、自己流の健康維持体操をしていた。
 まずは、布団の中で、足首をもってぐるぐる回す。次に、寝たまま、足を片方ずつ上げる。そのまま、腰を左右にひねる。その後、立ち上がって、支えにつかまって、足ふみ。さらに、椅子に腰かけ、片方ずつ、ゆっくり足を上げる。

 お袋は、以前は、よく鎌ケ谷市内を歩いていたが、「この1年で、ずいぶん、足が弱くなっちゃったよ」と、90歳の半ばを過ぎてから、弱音を吐くようになった。  それでも、天気の悪い日を除いて、午後の3時過ぎになると、毎日、マルエツまで、「買うもんなくても、店内、ぐるっと、歩いてくるの」と、歩いて行った。そして、割引になったものを見つけては、毎回、何か、買ってきた。

 食べることも、元気だった。特に好きなものは、寿司。その中でも、エビが大好物だ。そのほか、マクドナルドのエビフィレオ、すき家のウナギ、松屋のカルビ焼肉定食、吉野家の牛丼…。どれも、「これ、美味しい。美味しい、美味しい」と言って、目を細めて、食べていた。ほどほどで残し、「後は、明日の朝、食べる」と言い、「私は、今、幸せだよ」と、笑顔で言うのを何度も聞いた。

 頭も、しっかりしていた。  新聞は、隅から隅まで、毎日読んでいた。このCityかまがやも、毎回、隅から隅まで、読んでいた。昭和でも、平成でも、○○年生まれ、というと、直ぐに、その年齢をピタリとあてた。昔の出来事も、いつ頃のことだったか、ぼくより、しっかりと覚えていた。電気の消し忘れを指摘されるのは、いつもぼくの方だった。

 93歳の誕生日に、色紙に「旅」という字を書いてもらった。それ以後、94歳、95歳、96歳、と、毎年書いてもらった。4枚目の、今年が、最後となった。
 今年の5月、ユーチューブで、動画を配信した。その後2本増え、今、以下の3本の動画を見ることができる。「秋山よし95歳、東京大空襲を語る(2017年5月1日)」、「秋山よし 95歳元気に生きてます(2017年6月15日)」「秋山よし 96歳になりました(2017年7月20日)」

 好きなものは、カラオケ。それに、塗り絵。「塗り絵、楽しいよ」と、毎週木曜日のデイサービスの日を楽しみにしていた。  「ささら」の皆さんにも、大事にされた。ありがとうございました。東武団地の皆さん、ご近所の皆さん、本当にありがとうございました。心より、御礼申し上げます。秋山よしは、96年の人生の後半の40年間を、鎌ケ谷の地で、幸せに暮らし、見事に、生き切ったと思います。  秋山よしは、立派に生きました。  お袋さん、ありがとう‼ (旅行作家・元大学教授)


▲︎毎日、これに2枚、字を書いてま

▲デイサービスで、私の96歳の誕生日を祝ってくれました