季刊タウン情報誌 Cityかまがや125号  インタビュー

オリックス バファローズ 鈴木康平投手

いつでも期待に応えられるように、 しっかり準備したい
登録名はK―鈴木です


ぷろふぃーる 鈴木康平(すずき・こうへい)  平成6年1月21日鎌ケ谷生れ。鎌ケ谷初富小学校、第五中、千葉明徳高、国際武道大学卒業後日立製作所を経てドラフト2位で今年度オリックスバファローズに入団。  186㎝88㎏、右投右打、背番号30。趣味映画鑑賞。血液型A型。両親兄2人姉一人の末っ子。


鎌ケ谷市内スポーツ店に鈴木康平選手入団の大きな垂れ幕がかかっている。千葉ロッテ清田選手に続いて、五中出身のプロ野球選手が誕生した。12月10日「ぜんなみ」にて同級生や野球チーム監督、友人たちで、内輪の激励会が行われ、鈴木選手の前途を祝った。そのあったかい空気の中、インタビュー


■ 感謝です ■

―10月26日ドラフト指名の時はどこにいらしたのですか。
 ちょうど大阪京セラドームで試合がありましたので、その時間にはホテルの別室で、日立の監督、ドラフト候補の3人の選手らと一緒に聞きました。素直に本当にうれしかったです。  大学時代もドラフト希望を出したのですが、指名されなかったので今回の喜びは大きかったです。 
 社会人野球という経験は遠回りに見えるかもしれませんが、振り返ってみると、大きな勉強をさせてもらったので、本当によかったと思っています。高卒後あるいは大学卒業後では、まだまだ未熟だったと思います。今はもっと自信を持った状態で、新しい世界に踏み出すことができます。

―喜びをどなたに伝えたいですか。
 両親や日立製作所監督をはじめ、僕を育ててくれた監督、コーチ、お世話になった方々すべての皆さんに「感謝」です。

―思い出に残っている試合は?
 たくさんありますが、例えば高校3年生の時、相手投手は専修大松戸の上沢直之選手(現在北海道日本ハムファイターズ投手として活躍中)。1点差で勝っていたのですが、スライダーを投げて同点にされ、結局その日決着がつかず、翌日の再試合で、負けてしまいました。

■ 即戦力として 

―今後の目標は。
 入団一年目から勝負の年となります。先発であれば完投を目指して、中継ぎであればうまく繋げ、セーブであれば、守り切って、とにかくどんな場面が与えられても、その期待に応えられるように準備したいと思っています。

―大事にしている言葉は?
 大学の監督さんに教わった言葉ですが、これからも「毎日がスタート」と思ってやっていきたいと思います。

―子供時代はどんな子でしたか。
 勉強は苦手でした。赤点すれすれで・・・。特に英語は。

―メジャーリーグに行きたいなら、勉強しなければ。
 通訳つくから大丈夫(笑)。

―やってしまった!なんていう失敗談はありますか。
 こんなこと言っていいのですかねえ。

―時効ですからいいでしょう。
 中学生の頃数人で、学校中の教室が開く鍵を拾ったのですが、友人の一人がその合い鍵を作りました。鍵を先生に返したのですが、その合い鍵を使ってへやを開けたので、先生が「誰がやったんだ」と聞きましたが、誰かは言いませんでしたね。友達思いの子でしたよ(笑)。

―中学校の頃は「鎌ケ谷シニア」チームということで学校の部活ではないのですね。
 部活は陸上部に入っていました。野球はまだ楽しんでやっていただけで、プロ選手になりたいと思うようになったのは高校生になってからです。

―清宮選手のように父親の英才教育とかがあったのですか。

 いいえ、父は特に野球が得意というわけではなく教えることもありませんでした。

―野球少年たちに何か伝えるとしたら?
 野球がやれる時間は決まっている。一日一日を大事にしてほしいと思います。

*  *  *
 中学校の一年後輩石井優樹君は「優しくてピッチャーの練習を一緒にやってくれました。真面目と不真面目のメリハリがはっきりしていました」と少年時代を語る。 また康平選手のお父さんは「息子が夢を作ってくれて」と胸を熱くする。
 長身の体から投げおろす154キロの直球の速い球が魅力という。まだまだ伸び代があるとスカウトマンの評価も高かった。  努力して体重も増やした。心も体も一回り大きくなって、大きな自信にあふれている。大阪の寮生活からスタートするとの事。今の笑顔を持ち続けて大活躍することを期待しよう。頑張れ康平!頑張れK―鈴木(登録名は同姓同名の鈴木昂平選手がいるためにK―鈴木となりました)。


〝真面目な子でした"濱小路 昭さん談(鎌ケ谷ライオンズチーム代表)  

 当時監督をしていましたが、4人兄姉で、幼稚園の頃から野球チームに通ってきていました。運動神経が良くて、4年生の時には6年生と一緒にAチームに入り、県大会に出場、6年生ではキャプテン兼投手でした。後輩の面倒見も良く真面目な子どもでした。(写真は鈴木選手と濱小路さん)