季刊タウン誌 Cityかまがや125号

鎌ケ谷の自然を訪ねて124 「鎌ケ谷を、歩く、ということ…」 写真と文 秋山秀一

 歩く。どこかへ行くためではなく、歩く。鎌ケ谷を、ただ歩くために、歩く。気分次第で、気楽に、目的なんか考えずに、歩きたくなったから、歩く。それが、いい。

 1月22日の夜、鎌ケ谷にも、雪が降った。都内の積雪が20㎝を超え、この冬一番の大雪。鎌ケ谷も、積雪が10㎝を超えた。  その日は、月曜日。埼玉の大学で90分の授業を4コマやって、電車が動いているうちに、帰宅。 ホッとして眺める夜の雪は、なんとも、美しい。  雪が降って、積もってくる。
 誰も歩いていない、深夜の、雪の鎌ケ谷。歩きたくなって、外へ。  ボーっとして、歩く。  「スッテン、コロリン」  早速、滑って、転んだ。  でも、気持ちがいい。  自分で気持ちのいいことをやる。これが、いいのだ。

 ぼくは、よく転ぶ。以前から、歩いていて、段差などがあると、よく転んだが、このところ、転び方が、美しくなくなった。  転んだあとが、ひどい。  おでこから、大量の出血。膝を激しく打ち付け、痛みが残る。転んで、持っていたカメラを地面に激しく打ち付け、壊してしまう、などなど…。情けない、といって嘆いていても、しょうがない。
 高齢者の仲間入りをして、数年。これが、年をとったということなのか、と、再認識。  「無理をせず、自分を大切に」  なんていう人もいるが、このままでは、イカン。  歩きたくなったら、歩く。それも、美しく。それが、ぼくの長年の流儀。今更、辞められるかって。  で、始めた。エッ、何を?  エスカレーターを利用せずに、駅の階段を歩く。これは、もう、やっている。家から駅まで10数分の道のりを早歩きで歩く。これも、やっている。  では、何を?  運動器具を、購入したのだ。よくテレビの通販で広告している、あれ、である。
 好きな演歌歌手の歌を聴きながら。はたまた、録画した映像などを見ながら、片手間に、下半身にちょっと負荷がかかるような運動器具を2つ、3つ。気楽に、気分がのったときに、いい加減にやる。  これが、効果てきめん。歩くのが、益々楽しくなった。
 
市内を歩くと、甘夏の実がなっている家が、結構ある。白い花を楽しみ、青い実がなって、いま、実が黄色くなり、この時期のまちの風景に、彩を加えている。  イタリア、ギリシャ、スペインでは、冬の、花の乏しい時期、風景の美、そのためだけに、食べられないオレンジを公園や街路樹にたくさん植えている。
 「近年、夫婦や家族連れ、あるいは一人で、町中を散歩する人の姿が非常に目立つようになってきた。散歩が、日常生活の中の一つのライフスタイルになってきたのである」と、木村尚三郎は、『日本が動く』(講談社 1995年)に、書いている。さらに、「歩きながら町の変化が楽しめるようになると、これは自分の町だという実感が同時にわいてくる」「これからの町づくりには、遊歩道をいかに楽しく美しくつくるかということが大きな問題となってくる」と書き、さらに、「今はみんなが歩きたくなってきている」と書いている。  その通りだと思う。

 ぼくは、一昨年、この連載を基に、『鎌ケ谷 まち歩きの楽しみ』(新典社)という本を出した。今度、同じ出版社から、『ヨーロッパ観光事情 まち歩きの楽しみ』という本が、この2月に出た。そこに書かれているのは、リスボン、プラハ、ブダペスト、ベネチア、トレド、ドレスデン、ドゥブロヴニク、バーデン、タリン、リガ、ストラスブール、フィレンツエ、スプリット、セビリア、ジュネーブ、マルセイユ、ルクセンブルク、ニース…。ヨーロッパには、まち歩きの歴史がある。この本を読むと、鎌ケ谷のまち歩きが、もっと、もっと楽しくなることに…。 (旅行作家・元大学教授) ▲写真①鎌ケ谷に雪が積もって ▲写真②甘夏の実に、雪が積もって