Cityかまがや126 2018年夏号 NETWORK

鎌ケ谷の学校の始まりは? 現在は8250人が学ぶ 鎌ケ谷の小・中学校


 今年銀座の公立の泰明小学校(明治11年創立)が高価なブランドの標準服で賛否両論話題になったが、現在全国の公立小学校の8割は私服らしい。

 明治政府は明治5年学制を発布した。日本の近代化には教育が必要とされ、小学校の設立、就学が奨励された。が、学費は学区住民で負担せねばならず、予算もなく校舎は寺院か民家を利用した。
 「鎌ケ谷のあゆみ」によると、文政6年(1823年)に皆川治郎吉という人が書いた「村名書」という文字の手本が残っている。これは妙蓮寺の寺子屋で使われたものである。筆子塔があったり、天神さまを祀ったりしていることから江戸後半には妙蓮寺・萬福寺に寺子屋があったことが伺える。

 鎌ケ谷初の小学校は明治7年(1874年)清長庵に開校した鎌ケ谷小学校で男子28名、女子16名、男の先生一人のスタートだった。  同じく明治7年妙蓮寺に道野辺簡易学校開校。明治8年逆井校付属佐津間校開校(のちに明治17年香津野小学校となりさらに湯浅里小学校に合併)。明治13年萬福寺に大野小学校中沢分校、明治16年北初富に湯浅里小学校が開校した。しかし学費がかかることと子供達も家事の手伝いに忙しく、就学率は50%にも満たなかった。  その後明治33年の小学校令が出て尋常小学校の修業年限が4年となり、さらに明治40年6年間に延長され、明治の後半には住民意識の向上、教育予算の増加も手伝って、学校も整備され、就学率は90%を超えるようになった。
   

 現在は鎌ケ谷(昭和22改称)、東部(昭和37)、北部(昭和39)、南部(昭和40)、西部(昭和42)、中部(昭和45)、初富(昭和49)、道野辺(昭和52)、五本松(昭和53)、と9校の小学校、および鎌ケ谷、第二、第三、第四、第五の五つの中学校がある。  そして平成28年5月1日現在
小学校・男2745人 女2780人、     計5525人
中学校・男1376人 女1349人     計2725人が学んでいる。

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