Cityかまがや132号(2019年12月1日)最終号

編集後記

🌼人生で最も思い出が詰まった33年間だった。ど素人が紙の上で表現するなんてスタッフ全員が思ってもいなかった。楽しいこと、辛い事はいい経験だった。取材、編集、校正、配達、集金、季刊誌とは言えすぐ次がやって来る。  そんな中ピアノとエレクトーンの教室、四柱推命の鑑定、温熱療法テルミーの療術師の資格取得と続けた。海外旅行は年に1回、サユリインターナショナルの社長の紹介でスリランカへ出かけ、ご家族の歓迎を受けるなどの1人旅も出来た。昨年夫を見送り子供も独立。これからはのんびりと余生を楽しみたい。(猪)

🌼私は7年間「人から人へわが街の輪」ばとんたっちを担当しました。そのばとんが最終号に清水市長へと渡りびっくりしました。合計すると84人の方にお会いしたのです。その方の生きてこられた一ページですから正確に伝えなければと心がけはしていましたがいかがだったでしょうか。話を伺ったみなさんが鎌ケ谷を好きと言い、本当の故郷になっているのだと感じました。  他の取材でも多くの方と縁がありました。そのことを大切にしていきたいと思っています。  また、「おしゃべりるーむ」へ投稿してくださった方にも励まされました。ご協力を心から感謝いたします。(天)

🌼かって取材に行くときは小2の娘を連れていきました。Cityかまがやで夏まつりにお店を出していた頃、好んで売り子をしていたその娘は小3の女の子の母親になって、毎年鎌ケ谷市民まつりに出店しています。「三つ子の魂百まで」でしょうか。  原作・大道具・小道具などすべて手作りの市制20周年記念事業の創作劇「おしゃれな縄文人」は、当時の皆川圭一郎市長も巻き込んだ忘れられないイベントです。  皆さんの投稿を読みあれこれ想像をめぐらし話に合わせておしゃべりるーむのカットを画いていました。お楽しみいただけましたか?(幸)

🌼この街の住民になった当時、いたるところにおいてあったCityかまがや。市民団体が創っていると知って、一体どういう人が創っているのかとスタッフに関心がありました。その後沢山の市民を巻き込んでの「おしゃれな縄文人」という市民劇に娘と共に参加、練習に明け暮れた日々。そこにはバイタリティー溢れるスタッフの皆さんが大所帯の劇団員?の司令塔となり頑張っていました。協力しているうちにいつしかメンバーに!?  季刊発行の他に楽しいイベントも企画していました。子連れ配達や、大物取材や締め切りに間に合わず徹夜をしたりと、子育て時期と重なって、今となっては楽しい思い出ばかりです。(遊)

🌼手書きからワープロへ、そしてパソコンへと変わり、原稿書きの作業効率は格段に上がった。今はスマホでもCityかまがやを見ることができる。時代の動きの速さは増すばかり。変わらなかったのは私のインタビュー担当。1号皆川前市長の言葉「文化は遊び心」が鮮明に残っている。  縄文人の脚本には苦労した。舞台に載せた時どうなるのか、演出家のおかげで、何とか形が整ってほっとしたものだった。あの無謀さは若さだろうか。企画制作責任者のAの吐血と引き換えに何とか縄文人は大成功!溢れんばかりの市民エネルギーに感動した。  多くの方々との出会いや体験の中から、鎌ケ谷の素敵なところや人を発見して、みんなが愛せる鎌ケ谷に!と願って編集してきたが、スタッフの息子達が鎌ケ谷愛にあふれ、鎌ケ谷に居を構え、鎌ケ谷に住んでいることが何よりうれしい。皆様に感謝をこめて︱。(鶴)
◆さ・よ・う・な・ら◆