ぷろふぃーる
 高林拓二(たかばやし・たくじ)。金沢市出身。昭和17年5月21日生まれ。31年中学2年で院生となり、上京。32年大窪一玄9段に入門。36年18歳で初段、37年2段。39年21歳で3段。感ずるところありキリスト教伝道師として全国行脚。61年44歳にて囲碁界カムバック。平成3年49歳大手合、12戦全勝で4段に。平成8年54歳5段、平成12年58歳6段。愛読書波多野精一著「時と永遠」趣味お酒、瞑想、野球(巨人ファン)。血液型B型。鎌ケ谷市富岡在住。

■ 内弟子と暮らしてます ■
―鎌ケ谷にはいつ。
 昨年秋です。それまでは三郷に居ました。内弟子をとることになり、みんなで住める一戸建てを探していまして…、やっと見つかったわけで、鎌ケ谷を知らないできました。
ー和風でしかも皆さんが集まれる広いスペースがあり、鎌ケ谷駅にも近くて、いい家ですね。内弟子さんは鎌ケ谷中ですか。
 はい。中1と中3です。今一度子育てをしているようなものですね。でも遠くへ手放したご両親を思うと、しっかり育てていかなくてはと思います。
ー内弟子というのは今でも多いのですか。
 最近は珍しいですね。「院生」といわれている子たちなのですが、今、アマ8段くらいの力かな。院生は80人ほどいて、土・日に市ヶ谷の日本棋院に通い、対局し実践勉強しています。本因坊秀策などの古典や現代の対局を自分で並べ研究することも大切です。
 プロ棋士になれるのはほんの一握り。棋士採用試験は年2回あるのですが、東大にはいるより難しいといわれています。だから「院生」になれてもプロになるのは容易ではありません。
ー内弟子というと、雑巾がけからやらされるつらい修行をイメージしますが。
 自分たちの使うトイレ掃除とゴミ袋を出しに行くことくらいかな。ほんとの子と同じですよ。
■ 天才少年現る ■
ー高林さんと碁の出会いは。
 父は碁会所を経営していまして碁も強かったのですが、教えてはくれませんでした。碁のできる同級生に教わって、小学校4年で覚えて5年で試合に出ました。大人を負かすから、いい気分になって。子どもが碁を打つのは珍しく石川県でも新聞に「天才少年現る」なんてかかれて。13歳で院生の試験を受けました。普通は一局しか打てないのですが、負けて悔しくて、もう一局もう一局といって、3局負けたんですが、その負けずに向かっていく根性をかってくれたのか、合格しました。で、中2のとき上京しました。
ーどなたかの内弟子に?
 内弟子ではありません。知り合いの家に居候して、「院生」として土・日に日本棋院に通いました。平日は碁会所に強い人がいると聞くと学校休んで碁を打ちに行きました。学校も大目に見てくれていて、進級させてくれましたね。
ーつらかったことは。
 囲碁は好きだったから、遊びたい気持ちもあったけれど、何が何でも碁打ちになるんだという強い気持ちがあったから、それほど苦しいとも思いませんでした。石川県知事が後援会長で派手な見送りを受けて出てきましたので、負けて帰れないという思いも強かったです。ただ親が倒れて仕送りが途絶え、居候先を出されたときは、踏み切りで鳴るチンチンという音に引き込まれそうになりました。
 でもそれでハングリー精神も養われたでしょう。指導碁をやって家に仕送りもしていました。18歳で初段になり、プロとしてスタートしました。
ーそれからは順調に?
 まあ、順調に上がっていったんですが、21歳3段で碁打ちを止めたんです。
ーえっ、なぜ?
 もともと15・6歳のころから、「名人」になったからといってそれが何だという気持ちがあったんです。宗教書、哲学書等読み漁って、自分の生き方を模索してました。60年安保のころです。で、悩んだ末にキリスト教の伝道師になりました。
■ 伝道師生活 ■
―伝道師生活はどうでした。
 北海道から沖縄まで、野宿生活も体験しましたし、アフリカも3回行きました。アフリカではそこに教会を作り、永住するつもりでいたのですが、政情不安ということで、このプロジェクトは消滅してしまいました。
 日本棋院の籍も抜けていなかったので、また囲碁の世界にカムバック。最初の1年は大変でしたが、小さいころからやっていたものですから、直に勘は戻ってきました。
―碁に対する気持ちも違ってきたのでは。
 そうですね。若いころは生活のためにやってるという、囲碁を見下げたところがあったんです。ところが、今は、単なる勝負を争うものではなく、喧騒な世の中にあって、白黒のシンプルな囲碁が人生の神秘というか、祈りみたいなものを感じさせてくれます。人間のために神が囲碁というものを作ってくれたと思えるのです。「囲碁」が尊いものと思えるようになったからこそ、子供たちにも教えてみようと思ったのです。
―きっかけになったものは?
 数ヶ月前、夢を見たんです。
 ツインタワーが崩れたような、世界の終末が訪れ、人々がパニック状態でいる中で、「碁を打てる人はいるか」と呼びかけられ、なんと自分が人々のリーダーとなり、落ちている板切れと石を利用して、みんなに碁を打たせているのです。先ほどまで右往左往していた人々は、パニック状態を脱し、整然と静かに碁を打っているんです。その夢に神の啓示を感じました。囲碁によって平和が保たれるといいなと思っています。
―これからの抱負は。
 9段目指してがんばっていくことと、内弟子もあと2・3人増やして、棋士を育てていきたいです。
―何歳ころから始めたら良いのですか。
 私は小学校4年でしたが、遅かったですね。早ければはやいほど良い。4歳くらいかな。囲碁をやるということは脳も感性も刺激されて、幼児教育としても良いですよ。碁盤の目は普通19目。初心者は9目×9目の9路盤で打ち、相手の石をとる練習をします。
*  *  *
 「人生とは?」「何のための囲碁?」と自問自答した日々。小学校から積み重ね、血のにじむような思いをして努力してきた囲碁の世界を捨て、キリスト教の世界に入ってしまったという決断には驚いた。奥様とも教会で知り合ったという。
 そして23年のブランクを経て、再び囲碁の世界に戻ってきた。自分のなすべきことは囲碁であるという悟りを得て。
 再生した高林さんの見ているものは、囲碁の持つ不思議な力、神秘なるものを、子供たちにも大人たちにも知ってもらうことのようだ。
 鎌ケ谷の新しい地で、人々から愛される囲碁普及を目指してのご活躍を期待しています。

 鎌ケ谷囲碁教室
★入門者クラス 
子供の部
毎週土・日 10時〜12時
大人の部
毎週土・日 13時〜15時
・子供・大人の部共に
入会金3000円・月謝7000円。
★上級・有段者クラス
毎週金、土、日15時〜18時
大人・子供一緒です。
・入会金なし、基本的には3人一緒の多面打ちで9000円。どうしても2人しか集まらないときはご相談ください。個人指導は2時間5000円(要予約)
TEL047―442―3183
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インタビュー
日本棋院棋士 6段 高林 拓二さん