連載エッセイ24




 「人生を記録として生きるか…記憶として生きるか…」ナーンテ言葉を冒頭に書いた一冊のノートが机の引き出しの奧にある。実はこのノート、高校一年から現在に至るまでの僕の記録帳なのです。一年を一ページに、その年の自分に関わる印象に残った出来事を、一年の最後にその年の手帳からピックアップし箇条書きに書き残しています。「あれ」は何年だったか、何歳の時だったか、と知りたい時にはひと目で分るし、色々役立ちますよ。たまに読み返してみると、昔のことが懐かしく蘇ってきたり…。今では何十ページ(何十年)にもなりましたが、今までの記録と記憶が集約された一冊の自分史といっていいでしょう。このようなノートを作っている人はきっといるでしょうね。
 最初の一ページは一九七一年(昭和四十六年)「県立八千代高等学校入学、サッカー部入部」から始まっている。このページには「九月一日より鎌ケ谷町から鎌ケ谷市へ」とも記してある。鎌ケ谷市と同時にこの記録帳はスタートした訳です。二ページ目には「全国高校サッカー選手権大会で習志野高が優勝」とある。ページをペラペラとめくってみる。「大学入試失敗、新宿予備校での浪人生活始まる」この年に初めてLPのレコード(「カーペンターズ」)を買い、そして巨人軍の長嶋選手が引退した。二十一歳の元日は鎌倉由比ヶ浜で、二十二歳の元日は犬吠埼で初日の出を見た。大学卒業後に文学座合格。この年に鎌ケ谷から渋谷の幡ヶ谷に移り一人暮らし開始。付き合っていた人が交通事故で死んだのも、東北旅行で初めて日本酒のウマさを知ったのもこのページに載っていた。二十六歳の時、ファンだったアリスさよならコンサート。寒かった後楽園球場とそして感動!群馬県嬬恋温泉へ初めてのひとり旅。昼間っから畑を歩きながらワンカップ大関を飲んだっけ…。映画で準主役デビューした二十七歳。翌年の誕生日にサッカーの釜本選手の引退試合。国立競技場の電光掲示板に大きく写し出された「ありがとう そして さようなら」という文字と涙の大歓声!両親が金婚式を迎えたのは三十五歳の時だった…。兄と初めて銀座で飲んだのは三十八歳の時だった…。四十二歳で和太鼓を始め、金子みすゞの詩と出会い、四十三歳で水墨画を始め、四十六歳から本格的筋トレを始め…まあ、こうして改めてページをめくってみると、色々な場面とその時の想いが浮かんでくる。残りのページはあと十六枚――つまり十六年後にこの一冊は終わる。その時もしこのノートにタイトルをつけるなら、どんなタイトルになるのだろうか?
 高校のサッカー部時代のページにこんな言葉が記してあった。「ボールはまるい。だから試合中に何か起こるかわからないし、すべてのことに可能性がある。」人生もそうかもしれないなあ…。以上、年齢がバレバレのネタでした。(笑)
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気まぐれティータイム
記録帳 江上真悟(俳優)