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インタビュ-
落語家 立川らくB改め→立川らく里さん
二つ目昇進おめでとう
 おもしろい落語家をめざして

ぷろふぃーる
立川らくB(たてかわ・らくびー)本名村上大介。昭和50年7月9日生まれ、鎌ケ谷市立東部小・第二中学校を卒業した鎌ケ谷育ち。薬円台高校、茨城大学卒業。平成12年2月快楽亭ブラックに入門「快楽亭ブラ汁」、平成17年8月立川志らく門下に移り「立川らくB」。立川談志の孫弟子にあたる。浅草東洋館・上野広小路亭などに出演中。落語立川流所属(立川談志一門)。血液型A型。趣味スポーツ・格闘技観戦 。なお7月1日付けで二つ目昇進が決定。立川らく里(らくり)と改めた。

■ 古典落語のほのぼの感  ■

―落語の世界へのきっかけは?
 高校時代に深夜放送で、談志師匠の古典落語を聴いたことです。そのほのぼの感に魅せられました。それまでは「笑点」のイメージで、お年寄りのものという感じを持っていたのです。大学に入ってから落語研究会に入りました。  生の落語を初めてみたのは、国立演芸場の志らく師匠でした。大学は水戸にありましたから、なかなか生の落語を見られなくて。大学卒業後2年間、鎌ケ谷の親元で、フリーターしながら、落語の世界を見つめ続け、迷っていました。
―プロの道へ決断させたものは?
 今決断しないと、という年齢的なこともありました。やらないで後悔するより、やって後悔するほうがましということですね。
―24歳で入門というのは遅い?
 普通かな。最近は遅くなっています。志の輔さんは29歳入門、あの当時は最高齢といわれましたが、今は30歳で入門という人も結構います。

 修行生活 ■

―師匠宅に住み込みですか。  
 今はほとんどそういうことはありません。私もアパート借りて、師匠のところへ通ってみていただくというスタイルです。
―伝統文化の世界ですから、日常生活とかけ離れた部分もあるかと思いますが。
 やはり上下関係の厳しい世界ですから、厳しさゆえにやめていく人もいます。そういう人は一年持たないですね。
―具体的にはどんな事柄が?
 礼儀作法はきちんとしなければなりません。楽屋では、自分の師匠はもちろんのこと、他の師匠のお茶出しから、着物をたたむことまでやります。
―古典落語の数はどのくらいあるのですか?
 寄席でよく演じられるもので、200〜300、あまり演じられないものを入れると、500〜600くらいでしょうか。
―お稽古はどのように?
 師匠からマンツーマンで教わるわけですが、同じ噺を3回師匠にやっていただいて聞いて覚えます。  最近は一回やってテープにとって、噺を覚えたら、師匠にみていただいて、OKが出たら高座でやる。
 最初は談志一門の快楽亭ブラックに入門したのです。師匠に手紙書いてね。会ったとき、食えないから、やめとけといわれました。それから親連れて来いというのですよ。私の親も方向が定まって、ほっとしたかもしれません。月謝制でなく、立川一門としての年会費だけで教えていただけます。

■ いつでもどんな噺でも ■

―それから7年経ちますね。
 前座、二つ目、真打と3段階あります。普通他所の会は4年で前座を終わり、さらに10年から15年かかって、真打になるのですが、立川一門はちょっと厳しくて、一門の基準があるんです。  古典落語を50席と講談(軍記物)。日本舞踊。小唄・端唄・都都逸などの邦楽。これらをクリアして、二つ目昇進ということになります。私もこの4月やっと試験が受けられます。が、ドキドキです。
―50席というのは噺の筋だけでなく、振りもあるから大変ですね。  
 真打は100席くらい。寄席っていうのは、その日行ってみないと他の人がどんな噺をするかわからない。あとの出番の人は、同じ系統の噺はできないから、いつでもどんな噺でも出来るようにしておかないと勤まらないです。
―社会情勢や、地域の話題など入れて、その場のお客さんの気持ちをつかんでいきますよね。
 古典落語でも、自分の創作を入れてもいい。もともと大衆芸能ですから、時代時代によって変化していくものだと思います。噺の筋がどうというより、その空気が好きという人が多いです。そういうものはやっぱり場数踏んで、お客さんの雰囲気を読めるようになることが大事。昨日と今日は違うし、明日はまた違う。お客さんに面白いといわれる落語家になりたいです

 *   *   *

 31歳。短い髪は年より若く感じさせる。高座に上がるときは、メガネはコンタクトにし、時計もはずす。インタビュー中も顔の表情は豊か。そして、スピード感ある話し振り。さすがである。とくに発声練習などはしないそうだが、聞き取りやすい、いい声だ。  細い目が笑うとやさしい落語家の顔になる。なるべくしてなった職業かもしれない。「好きだったら、いい商売ですよ」とこの道に入ったことに後悔はない。「60歳代が円熟期」と未来に向かって、前進!前進!である。インタビュー後二つ目昇進試験合格の報が入りました。おめでとう! 市民の応援の輪が広がるといいですね。

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