City かまがや    

郷土資料館企画展 下総小金中野牧跡国史跡指定記念事業

『野馬のいた風景―野馬土手・ 捕込が語る江戸時代の鎌ケ谷―』

 平成19年2月6日、鎌ケ谷市初の国史跡が誕生したことを記念して「下総小金中野牧跡」についての企画展を開催します。市域各所に残る野馬土手の性格や作られた時代背景、周辺村々の様子などについて、発掘資料や古文書・絵図などから詳しく取り上げます。

 江戸時代、馬は運輸・交通・農耕・軍事などの手段にとって、重要な存在でした。そのため、江戸幕府も牧の存在は重要視していたようです。  牧では、年に一度、野馬捕り〜牧の野馬を軍馬と農耕馬などに選別する作業〜が行われました。中野牧内すべての野馬を捕まえるので、野馬を追うための人足として、周辺の村人がかりだされました。2日がかりで行われており、1日目は追い込んだ馬が元の場所に戻らないように、決められた場所で一夜を明かしました。15歳以上60歳以下の男性が人足の対象でした。

 これ以外にも、牧にともなう人足の仕事がありました。普段、野馬は野生状態でしたが、冬場のエサの補給や、夏場、野馬の水飲み場の渇水時には、井戸からくみ上げた水を馬に与えました。また、牧内や牧と村との境には、野馬土手が築かれており、毎年崩れたところを修復しました。また、新規に土手が作られることもありました。

 当時の文書に、牧や野馬に「御」の字を付けて、「御牧」、「御野馬」と書かれています。幕府のひいては将軍の馬に対し、敬う気持ちをこめ「御」の字を付けていたようです。野馬土手修復の命令には、「有り難き幸せ」と応えています。普段は農作業をしながら、その合間に人足として出るわけですから、本当は「有り難迷惑」な話だと思うのですが…。    このように、鎌ケ谷市域の村人たちの生活は、馬や牧とともにありました。牧が廃止され、150年ほどたった今でも、その名残をみることができるのです。野馬土手はその一例です。

会  期 3月20日(木)〜5月11日(日) 〈毎週月曜日は閉室。5日5日は開室〉
会  場 三橋記念館2階展示室(1)
公開時間 午前9時〜午後5時 
入場無料 ギャラリートーク(各日午後1時半〜) 3/28(金)、4/6(日)、19(土)、24(木)、5/3(土)、9(金)  ※3/28と4/19はギャラリートーク後に捕込見学があります。 シンポジウム 3/22(土)