タウン情報誌 Cityかまがや

インタビュー  北海道日本ハムファイターズ★中田 翔選手 ★
バットは命、中田バットを模索中

ぷろふぃーる 中田 翔(なかた・しょう)1989年4月22日生まれ、19歳、広島市出身。大阪桐蔭高校卒。高校時代は高校通算本塁打記録87本を更新し、甲子園では歴代7位となる4本塁打を放った。2007年度高校生ドラフト1巡目で4球団から1位指名をうけ、抽選の結果、北海道日本ハムに入団。182cm96kg。O型。背番号6。右投右打。3塁を守る。

■ 1ヶ月のキャンプでやせました ■

―「ファームで調整」のスタートとなりましたが、鎌ケ谷の印象は。  
 何にもないところですね。休みの日は寮で音楽聴いています。あ、僕、梨は大好きなんですよ。楽しみにしています。

―今は白い梨の花の咲く季節ですが、梨の実るころまで鎌ケ谷にいるのは、まずいかもね。
 ああ(笑い)。


―歓迎会のころより、精悍な感じで、体もずいぶんしまりましたね。

 はい。キャンプ前は106kgありましたが、1ヵ月後には96kgになりました。

―キャンプが厳しかったのですか。
 練習はそんなに大変ではなかったんです。かえって高校時代のほうが厳しいくらいで、初めは楽勝かなって感じでした。  たぶん精神的なものだと思います。1軍のキャンプでは新人は自分一人だけ、周りは大先輩ばかりでしたから、緊張もすごくて。考えることも多くて。

―スポーツ紙に「神様に八つ当たり」なんて書かれましたね。
 僕は神様を信じているわけでもないんですよ。まあいろいろ書かれるのも、ぼくの情報を知らない人に知らせてくれるわけですから、ありがたいし、うれしく思います。

―サインしたり、ファンサービスが大変だなと思いませんか。
 疲れていることもあるけれど、ファンサービスも大切にしていきたい。会社もそういう方針です。「翔くん、翔くん」と声をかけてくれるおじいちゃんもいたりして大きな力になります。

―こんな変なものにサインしたってものありますか。
 ユニホームや着てるTシャツなどはよくあります。そういえばレシートもありましたね。


■ プロ野球選手をめざして ■

―野球はいつから始めましたか?
 小学校3年生くらいからです。  親戚の人に勧められて、リトルリーグに入って、マイナー(小2〜)、メジャー(小4〜小6)シニア(中1〜中3)とやってきました。ここで野球だけでなく、言葉使いや礼儀作法、道具の扱い方等を教えてもらいました。  キャッチャーをやっていましたが、6年生くらいから体も大きくなって、回りもいろいろ言うし、自分もどうしたらプロ野球の選手になれるかと考えていました。まず甲子園に行って…と。

―ご兄弟は?  
 6歳違いの兄がいますが、サッカーをやっていました。中学校2年生くらいまでは一緒にキャッチボールなどしてもらいました。


■ 自分のバットを早く決めたい ■

―今、試合ごとに違うバットを使っているそうですが。
 自分に合うバットがまだ見つかっていないんです。いろんなメーカーさんのバットを実戦で使って試しています。もう少し削ってとか、重くとかいろいろやってもらっています。早く自分にあった一本を決めたいです。

―スパイクや、ユニホームもメーカーによって違いますか?
 はい。靴はナイキがクッション性がいいとか、でもミズノはすぐ自分の足型とれるとか。まだ道具もユニホームも手探り状態です。  ユニホームのズボンはスラーッと、上着は動きやすく大き目にしています。メジャーリーグの選手格好いいじゃないですか。僕は赤が好きで手袋の色やデザインを考えたりしてメーカーさんに作っていただいたりします。

―打席に入る時の癖、意識していますか。  
猫背になる癖があって球を下から見てしまうので、ちょっと体を反らして、背中を伸ばします。すると集中力も高まります。高校3年くらいからやってるかな。でも毎回と言うことではないですよ。

―ホームランを打った瞬間の感触はどうですか。
 
はい。完璧に打った時は、すぐわかります。手にスパンっと抜ける感覚があります。詰まったときは、ジーンと手がしびれたりして。

―目標は。
 遠い目標になりますが、日本を代表する4番バッターになりたいです。で、納得がいく実力がついたら、メジャーリーグにも挑戦したいです。

*  *  *
 オープン戦でホームランを打ち、さすが前評判どおりと、その力のすごさに驚いた。当然注目は集まる。期待が高まるのも自然なこと。だがその後不調が続き公式戦は2軍スタートとなった。おかげで鎌ケ谷市民は未来の大器の勇姿をファイターズ鎌ケ谷スタジアムで見られるという幸運に恵まれた。  はきはきとした物言いはさすがインタビュー慣れか。彼女いますと言い切る現代っ子だが、頭の回転もいい。そして「強い心」を感じる。その心が揺らぐ時もきっとくるだろうが、それを乗り切る力をさらにつけて、球界を代表する選手になるだろう。  楽しみな選手である。