タウン情報誌 City かまがや    

鎌ケ谷の自然を訪ねて85
描いて、書いて、歌って、 中沢に暮らす。   写真と文 秋山秀一

 「変わりましたよ。だいぶ変わりました。しかし、秋山先生は晴れ男ですね。すごいですね〜。もう、今日は完全に雨だと思いましたが…」  立ち上げたNPO法人での仕事が順調にいっているらしく、このところ、元気一杯、気分は爽快そのもの、といった感じのKさん。 珍しく、10分前に登場。  いつもは、約束した時間の30分も40分も前に、キンコ〜ンと、現れるので、今回は、こちらも、早めに出かけられるように、準備をして待っていたのだが。「妙蓮寺の周り、変わりましてね」  という話から、今回は、 「南部小学校から降りたところ、先へ行くと、グリーンハイツへとつながっていく」そんな、中沢の道をじっくり歩いてみよう、ということに…。

 歩き始めると、さっそく、道端の小さな花が気になるKさん、クコの葉をつまんで、お得意の草笛を吹き始めた。  ムラサキケマンのピンク色の花が咲いている。  今回もまた、道端の何気ない花の一つひとつが、われらふたりに訴えかけてくる。  赤、ピンク、黄、チューリップの花が咲いている。  チューリップの他にも、ヒマラヤユキノシタ、ハナスオウの紫の花。ライラックの花は、紫と白の2種。さらに、フキ、ジャガイモ、ミツバ…。  ここでは、花と野菜、花壇と畑と原っぱ、それらが極々自然に、とってもいい感じで混在している。 「この畑を持っている人、いいセンスをしていますね」  そう言うと、 「この家の人、知っていますよ。昨日も会ったばかりです。おじゃましちゃいましょうか」  と、Kさん。  では、そうしましょうか、ということになって、事前の約束もないまま、高木さんのお宅へ。

 呼び鈴を押すと、ご在宅だった。  突然の来訪者に、初め、驚かれた様子だったが、すぐに、ことの状況を察してくれて、 「お客様がめったにいらっしゃらないので、散らかしっぱなしですけど…」 と、言いながらも、笑顔でご自宅へ迎え入れてくれた。  玄関に入ると、左手の壁にコーラスの演奏場面を描いた絵が掲げてある。向かい側の壁には、魚がデザインされた金属製のオブジェ。 どちらも、作者は、高木洋子さん、ご本人。 「お、これは、只者ではないぞ」

 庭を見て、さらに、ご本人にお会いして、そう思った。  こりゃ、楽しみだ。  『庭仕事の楽しみ』という、作家ヘルマン・ヘッセの晩年について書かれた本がある。 高木さんの家の庭を見て感じた自然な調和といったものは、この本に出てくる庭に、どこか通じるところがあるようにも思う。 「これは車の部品らしくて、林の中に落ちていたの」「海で拾ったの。友達に乗っけてもらって九十九里の浜に行ったときに。流木ですよ」 「これは、その辺りに落っこちていたの」

「最初に習ったのはバレーで、6歳のとき。声楽も習いました。絵は17歳のとき、父が先生と道具と、すべて連れてきちゃったんです。それで、しかたなく始めたんですよ」 高木洋子さんは、大正12年生まれの、今年、85歳。  5代目沼津市長を勤めた父と、津田梅子の片腕だった母。そして、 「黒柳徹子さんの先輩です」 と言うように、子ども時代に学んだところが、トットちゃんがかよったトモエ学園の前身、自由が丘学園だった。

 絵画だけでなく、旅行記、エッセイ、小説も書き、ダンスをし、イタリア語の歌もうたう。常に、「勉強させていただくという気持ちを持って」すべて、今も、現役、というのが、なんともいい。 ご自身の今までの作品は、すべて、写真に撮って、アルバムに整理してある。それを、見せていただいた。 「カフェテラスの紳士」「うわさばなし」「しばしの別れ」…。自画像もある。 いや〜、驚いた。

 旅の途中で出合った何気ない日常の風景、そして、そこで暮らす土地の人々が、実に生き生きと描かれているのだ。  Kさんのお気に入りの絵は、「まるでトランプのカードを抜くように」スリに財布を取られたことをテーマに描いたもの。 絵の一つひとつに、ドラマがある。 「鎌ヶ谷は主人の故郷で、ここに来て、そろそろ20年になります」  一段落したところで、話の続きは、庭に出て、「自然の中で」花をながめながら…。(旅行作家・日本エッセイスト クラブ会員)