タウン情報誌 Cityかまがや87号

人から人へわが街の輪 ばとんたっち

阿部守一 さんから→
平林隆男さん(中央)
釣りが好きで、ヘラブナ釣りによく行きました。10年位前身体を悪くして、薬を飲んでいるのでもう釣りには行かれないね。今はパチンコ、休みの日にね。

 4年に一度開かれる、全国菓子大博覧会(第25回)に「鎌ケ谷銘菓蒸しどらはつとみ太鼓」を出品したんですよ。そこで「姫路菓子博2008全菓博会長賞」を貰いました。うれしかったですね。  「はつとみ太鼓」のうす緑色はよもぎです。何か新しい菓子をと考えていた時、春の草もちから思いついたんですよ。試行錯誤、失敗を重ねた結果うまく出来るようになりました。作り方は企業秘密。あんは栗入り。評判いいですよ。

 16歳の時、おじが居た東京で和菓子の修行をしました。鎌ケ谷で和菓子の店を開いてから32年、商店街の盛衰を見てきました。商売の流れが変わっちゃったんだよね〜、これからどうしようかと……。  戦前から長崎駅のまん前に住んでたんですが、原爆で家が燃えてしまいました。疎開してたので家族は無事でした。10歳の時おやじが亡くなった事もあって、早く独立しなければと思ってました。なによりおふくろを安心させたかった。  次は鎌ヶ谷菓子組合の仲間の東浦さんへ。

東浦宏幸さん(くぬぎ山)

出身は三重県です。5歳位でしたか、伊勢市の空襲を見てまして。空が真っ赤に染まって。忘れられないですね。15歳位でふるさとを離れました。

 昨年6月病気になってしまいましてね。20万人に一人という難病だったんですよ。  過労でせきが出てちょっと疲れやすいなと思っている内に全身の筋力が無くなってきて全然動けなくなってしまいました。一ヶ月位意識がなかった。まぶたを閉じる力もないから目も開いたままだったらしいですよ。  寝たっきり状態の時からリハビリを始めて、リハビリ…リハビリ……。仕事に復帰しなくちゃという強い気持ちを持ってましたから快復。医者は再発は無いと。

 鎌ケ谷の梨を使った洋菓子を作りました。ブランデーとワインを入れたものはさほど苦労なくいいものが出来ました。梨の実は大変だった。研究の結果出来たのが「ケーキやさんの梨」です。次は料飲組合役員の春日さんへ。

春日繁治さん(くぬぎ山)
 モットーは生涯青春!いつも前向きにね。カラオケ大好き。その場に合わせて何でも歌えますよ。集まりのある時口火を切るのは私です。

 先日同窓会があって、田舎へ行ってきました。両親の墓参りもして、拝みながら、最後はここに入るのが一番幸せなのかななんて考えてしまって。ふるさとはいいね。山の景色、川のせせらぎ……。今でもなつかしい。新潟県柏崎市の山奥の農家の5男坊、次兄が農家を継いでいます。

 長兄が西新宿で始めたラーメン屋を手伝うため昭和34年春、おやじに連れられ列車で上京。16年間新宿にいました。当時、西口大ガード下に靴みがきの少年がいて一生懸命がんばっている姿を見ては励まされていました。くぬぎ山で中華料理屋を開いてからも辛い時、そのつかもと君を思い出しては頑張った。ガード下の靴みがきって歌は私の人生の応援歌。  次はお客さんの内木利治さんへバトンタッチ。