タウン情報誌 Cityかまがや88号 インタビュー
チェンバロ奏者  松岡 友子さん
チェンバロに一目ぼれ

ぷろふぃーる 松岡友子(まつおか・ともこ)  1981年習志野市で生まれ、小学校1年生で鎌ケ谷市へ。鎌ケ谷市立中部小、第四中学校、松戸国際高校卒。  母親の手ほどきでピアノを始め、高素子氏らに学ぶ。高校卒業後イタリアに留学。ミラノ音楽院、ミラノ国際音楽アカデミー、ローディ市立音楽学校等で学び、イタリア国立コモ音楽院を2008年首席で卒業。イタリアを拠点にソリスト、通奏低音奏者として活躍。  2003年第17回古楽コンクール{山梨}チェンバロ部門第2位。2007年イタリアにおいて第10回“ジャンニ・ガンビ”チェンバロコンクールでソロ部門1位なしの第2位、併せて現代音楽特別賞受賞、通奏低音部門第2位。同年、ベルギーにおいて第44回ブルージュ国際コンクールチェンバロ部門第3位。千葉県鎌ケ谷市より平成19年度市民文化賞

■ ファックスでお願い■ 

―チェンバロとの出合いは?

 
ほんとに偶然です。祖父が山梨県の都留市に住んでいて、高校3年の夏休みに遊びに行ったんです。そのとき、チェンバロの夏期講習があって参加。3日間くらいでしたか。バッハの譜面持って・・一目ぼれですね。ほんとに感動しました。その講師が曽根麻矢子先生でした。家に帰って、すぐ先生の事務所へ「ぜひ、レッスンしていただけないか」とファックスしました。当時先生はパリに住んでいらっしゃいましたが、3ヶ月にいっぺんくらいのわりで日本に帰るという生活でした。すぐに返事を下さって、レッスンしてくださったんですね〜。うれしかったです。
―高3といえば進路を決める時期ですね。
 
ピアノは子どもの頃から習っていましたが、はっきり音楽の道と決めていたわけでなく迷っていました。こんな迷いも吹き飛んで、もうチェンバロまっしぐら。先生が日本に戻られるたびにレッスンしていただき、イタリア留学も先生が薦めてくださいました。
― イタリア語の勉強はどうやって。
 NHKのラジオ・テレビのイタリア語講座を聞いて、松戸、船橋のカルチャーセンターにいって、ともかく「おなかいたい」とか「これがほしい」とか最低限の言葉を覚えて、1999年7月イタリア中部のウルビーノに行き、10日間のチェンバロマスターコースを受けました。授業に遅れないよう明日何時に来れば良いかだけ、確認してましたね。
 8月には曽根先生のレッスンを受けにフランスへ。9月はイタリア語の語学学校へ。そしていよいよ9月末からミラノ音楽院での授業が始まりました。

■ ミラノ生活 ■

―ミラノ市街に住んで居られるということですが、食事などは?
 
おなべでご飯炊いています。シンプルに古風に生活してます。お米もちょっと長くて太くて日本米に似ています。おいしいですよ。
 イタリアって公共の場所にはクーラーもありますが、家庭には暖房はあるけど、クーラーや電子レンジがないこと多いんですよ。古い建物でも中は修復してきれいにして使っている。古いものを大切にしていく思想・文化がありますね。日本ではそれが消えていっています。大切にしていきたいことですよね。 
―あと2年音楽院(日本の大学院に当たる)で学ぶそうですが、音楽以外に何かやっていることは。
 イタリアの海はきれいで、魚が透き通って見えるんです。よく海に行くのですが、この2月からはスイミングに通っています。体力勝負ですからね。日本に来た時は「さわやかプラザかるいざわ」で、肩をほぐしたりしましたよ。


■ 四中はすばらしかった ■

―鎌ケ谷育ちということですが、どんな子どもでしたか?

 
小学生時代はゆっくりペースのおっとりした子だったようです。中学時代になって、生徒会役員などをして、リーダーシップをとるようになっていきました。あの頃、あの学年は先生方のチームワークが良くて、充実した学年でした。みんなの前で自分の考えを発表する機会を与えてくださった・・頭からこうしなさいというのではなく、生徒同士に考えさせて、自分たちでその問題の解決方法を考えさせたように思います。
―多感な時期、いい先生と出会えたことは幸せですね
 そうですね。中学・高校そして曽根先生、イタリアでの先生たち、皆さんに感謝です。
―これからの夢は。  
 世界の奏者になりたいですね。海外にいないとできないこともありますので、海外に住んで、時々は日本に帰ってきて演奏会ができればいいなと思っています。  弾いていても私自身音楽のすばらしさに支えられていますし、皆さんにそのすばらしさを伝えられたらいいのですが。日常から離れて、素敵な時間を聴く人と共有したいと思います。
*  *  *
 地元鎌ケ谷市南部公民館での初お披露目コンサート。チェンバロを聴いたのははじめてであったが、チェンバロの音色は優雅で繊細、やさしく心穏やかな空間を作り出してくれた。清楚な印象の松岡さんにふさわしい楽器に思えた。
 後日、御両親の建てられた新居にお邪魔してのインタビュー。内も外も木造りの和風の家は、1階はコンサートができるほどの広さと造りだ。湿度管理が難しいというチェンバロの楽器を前に、お話を伺った。コンサートで見た優雅さとは違う、イタリアの海のように明るく美しく、たくましい松岡さんの一面を垣間見て、世界の松岡になる日を大きく期待した。
 8月9月と国内でのコンサートを終え、9月下旬再びミラノへと旅立っていった。 


チェンバロとは
・・・・チェンバロは、17〜18世紀にかけて全盛期を迎える。19世紀にはピアノに取って代わられるが、20世紀にかけて復活。外見はピアノのようだが、音の出し方が違う。鍵盤を押すとプラスチックでできた爪(昔は鳥の羽軸で作られた)が弦をはじいて音を出す。