タウン情報誌 Cityかまがや89号 インタビュー
株式会社むげん社(ハロー動物病院)代表取締役  八田英夫さん
新鎌ケ谷に2009年3月18日オープンしました 夢広がる82歳

ぷろふぃーる八田英夫(はった・ひでお)  昭和2年長野県生まれ。信州大学医学部前身の松本医学専門学校中退、その後早稲田大学第二商学部卒業。血液型B型。趣味オペラ、数学など。船橋市在住。
■3階建ての茶色い屋根■
―鎌ケ谷市くぬぎ山の運輸省官舎に住んでいらしたこともあるそうですが。

 はい。当時はまだ村の時代でした。地域の祭りも無くて、みんなで作り上げた時代です。
―動物病院経営のきっかけは?  
 長男が獣医になりましたので、平成元年この二和の住宅を建て直しまして、動物病院にしました。
―鎌ケ谷への進出はいつ?
 平成17年入札、契約は18年5月でした。現在お客さんも鎌ケ谷の方が多いんですよ。
―イオンとアクロスモールの間の船取線に面した、おしゃれな茶色の屋根の3階建てですね。
 三角形の土地なので、設計は苦労しました。イタリアやスペインから建築資材を取り寄せました。喫茶店が見える明るい風景になると思います。
 1階はヘアーサロン「EARTH」。ここは全国300店舗を目指す美容室です。それからカフェ。そして動物病院。動物病院は3階部分100坪ほど全部を使用します。2階はまだテナント募集中です。
―よそにない特徴のある動物病院だそうですが。
 犬の洋服販売、訓練教室、動物の葬儀室(火葬場・霊園などは別の場所を紹介)など、動物にかかわることを幅広くやっていきます。
―この二和の方は?  今獣医も7人いますから…。ここも継続して、新鎌ケ谷の動物病院が本社となります。 この二和には犬のトレーニング場もあり、犬も飼い主もいっしょにトレーニングします。これは主として次男が担当。次男は芝居の演出家(芸名・億土 点)です。 
―ご家族仲がよさそうですね。
 はい。夜遅くまで、議論したりして、いい関係ですよ。私は仕事忙しかったから、子どもは妻まかせ、特には何も。昭和49年〜51年まで、JIKA(国際協力事業団)でインドネシアのジャカルタに妻と次男と3人で行きました。そのとき、長男は高校生で、日本においていきました。それが自由でよかったのかな。次男が言葉の通じない現地の子とどう遊ぶか観察してたんですが、子どもって自然に仲良くなれるんですね。
■数学オリンピック■
―夢は。
 鎌ケ谷から、世界で競争できるような人間が育つといいなと思っています。
―たとえば?
 私は「数学」が好きなんです。江戸時代の数学の本に「塵劫記(じんこうき)」というのが、あるんですが、それをみんなで輪読するようなカルチャーサロンがやりたいです。もっと具体的に言うならば円周率の3・14が何処から来たのか、といったことを考える。数学は「考える」事が大事です。そういう土壌ができて、世界数学オリンピックに鎌ケ谷から出場する人が輩出するといいなと思います。 またオペラなど音楽好きですから「銀パリ」の様な店もやりたい。
 それから、味噌汁と漬物をきちんと作って食べさせてくれる店があるといいですね。私5年間田舎へ行って、味噌を作ったことがあるのですが、なかなか奥深い。こだわると豆から自分で作らないといけなくなってしまいます。 しかも何かやるときいつもタバコ一箱くらいの値段でできることをと考えます。昔の週刊朝日の発刊スタート時の考え方です。タバコ一箱くらいなら、それほどの負担も無く、誰にでも参加していただけるでしょう。
―今300円では何もできないかもしれませんが、ワンコインという考え方は、うれしいですね。 このビルがそのベースキャンプになって、鎌ケ谷に粋な文化が育ってくれたらいいなと思っています。
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 松代藩御用商人八田家の子孫。なかなかの家系のようで、佐久間象山の手紙など、本家には文化財級の品がいっぱいの様子。 医学部に入学したものの、父親の倒産、戦後の混乱などで、中退し東京で一人暮らし。そして60年。今なお元気溌剌、明るくうれしそうに、楽しそうに議論をし、会話を楽しむ。文化度アップを願い、鎌ケ谷の子どもたちが、世界で活躍できるような文化の町鎌ケ谷を夢見る82歳です。

ハロー動物病院 院長 八田嘉朋 さん
 新鎌ケ谷の動物病院開院をとても楽しみにしていました。 子どもの頃から田舎のおばさんの家で、犬と遊びました。家で飼った時もあります。獣医になろうと思ったのは高校1年生。 動物も喜びがないと人間の言うことは聞きません。犬の気持ちを理解しないと駄目です。犬にどれだけの時間を割くことができるかで決まりますね。