タウン情報誌 Cityかまがや95号 インタビュー


声優   飯田真矢さん
自分探しの旅の果てに

★ぷろふぃーる 飯田真矢(いいだ・しんや)1982年6月5日生まれ。初富小、五中、鎌ケ谷西高校卒。特技はマラソン。趣味F1観戦。ラーメン食べ歩き。身長170cm、体重58kg。 血液型A型。家族 妻と長男。最近習志野市に転居。

★ 最近の仕事 舞台 ●劇団「民話芸術座」2007年度巡回公演「雪女」 ●「七色空間」公演「大正純愛歌」 アニメ ●遊戯王ファイブディーズ(ユージ役) ●家庭教師ヒットマンREBORN!!(黒服役) ●2008年劇場版「劇場版NARUT―ナルト絆」  その他、ゲーム、TVなど活躍中。

■ スポーツ少年 ■
―特技マラソンということですが。
 初富小学校のとき阿部先生(現在千葉県会議員)が担任で、先生の指導で陸上をやっていました。又第五中の駅伝が強い頃で、4年程上の先輩たちは全国4位でしたね。僕たちの頃は全国大会には行けなくて千葉県大会2位でした。
―声優を志したのは?
 中学校2年の頃です。「ドラゴンボール」がきっかけです。ストーリーより、「声」に惹かれていました。早くその道にいきたいから高校も行かないといいました。でも母は高校3年行って、それでも気持ちが変わらなければ、許すという条件をだしました。  担任の先生には反対されましたけど、3年後には声優の専門学校に行きました。でもここでいじめにあって、学校をやめました。それからの4年間は、悶々とした日々でした。自分がやりたいものは何か、そしてやっぱりこの道だと再び立ち上がったのが、3年前。今はやりたくてやっている仕事なので、きついと思ったことはありません。悩む事は立ち止まること。立ち止まる前に今やるべき事がある、という気持ちでやっています。

■ 曽我部さんは昭和の神様 ■
―Cityかまがや企画・制作、曽我部和恭さんの演出で、「おしゃれな縄文人」という芝居を市制20周年記念事業でやったんですよ。
 ほんとですか。昭和の神様ですよ。お会いしたかったなあ。
―1991年ですから、飯田さんはまだ小学生ですね。2006年9月食道がんで亡くなられました。
 青二プロ所属でしたよね。昭和の声優さんたちはすばらしいです。
―どんなところが?
 たとえば紅茶を飲むシーンがあった場合、平成はそれを効果音で仕上げてしまう。でも昭和は紅茶をすする音を声で表現する。そんな職人芸的なところが大好きです。野沢さんや神谷明さん、「おーはー」の元祖山寺宏一さんなど尊敬する神様はいっぱいいます。  高校卒業を半年後に控えて、日本工学院へ学校見学に行きました。そのとき神谷さんに「今は何もしないこと、高校生活を楽しみなさい」といわれました。その言葉を信じて、技術的なことは何もせず、オーディションを受けて300人中80人の中に入りました。

■ 全てが役者に通じる ■
―現在気をつけていることは?
 「行住坐臥」といいますか、日常の立ち居振る舞い全てが役者に通じると思っています。たとえば新聞はいつも声を出して読みます。何回も読むとどこをどのように強調したらよいかわかってきます。
―プロの方でも「が」を鼻濁音で発音しない人が多くなりましたね。
 「ありがとうございました」の『が』など昭和の人にできたものができなくなって日本語が汚くなっています。背筋・腹筋は大事なので、息を吐くとき丹田を意識しながら、インナーマッスルを鍛えてます。
―今大事なことって何でしょう。
 「耐える」ってことかな。売れるまで長いし、その間自分のモチベーションを下げないようにと思っています。最近のメディアは売れるとそれ一色になってしまう。ちょっとそれには抵抗があります。 常に流されず、個性的でありたいと思っています。
―今までの仕事で印象的なものは。
 演技の勉強を始めて1年目で全国の小学校をまわったんですが、これは結構大変でした。裏方も全部自分たちがやる。そのとき、九州でしたが、地鶏の刺身を食べてあたりましてね。でも代わりの役者がいるわけではないので、点滴打ちながらやりました。やりきった時にはほんとにうれしかった。3ヶ月で70〜80校回りました。
―声優の仕事で家族を養うのは大変でしょう。
 はい。声優の仕事がないときは公務員試験・資格試験関係の会社で働いています。お蔭様で、自由に時間をやりくりさせていただいているので感謝しています。
―ふるさと鎌ケ谷市についてはどう思いますか。
 船橋市は高齢者にやさしく、習志野市は子どもたちに優しく、浦安市は環境やゴミ対策がしっかりしてる、という具合に市の政策に特徴があります。鎌ケ谷市にも住んでみたいと思わせるウリがあるといいですね。

**  語る、語る。いまどきの若い人には珍しい。しかも平成には無い昭和の良さを。もちろん声優界の先輩たちのすばらしさを語っているのだが、そこに流れているのは人間によって作り出されるアナログ的なものへの拘りかもしれない。  友人の証言によると何でも起用にこなす記憶力のいい人のようだ。僕は「嫁たるものは」って昔タイプですといいながらも歩きはじめた子どもの携帯動画をうれしげに見せる現代パパである。子どもが生まれたので、最近鎌ケ谷から子どもに優しい町へと転居した。**