季刊タウン情報誌 Cityかまがや96号 インタビュー

東京力車 俥夫今野 直子さん  毎日ワクワクして  浅草の街を走ってます

ぷろふぃーる 今野直子(こんの・なおこ)1980年9月生まれ。道野辺小・二中・白井高校卒。鎌ケ谷生まれの鎌ケ谷育ち、東道野辺在住。血液型A型。趣味カラオケ。 ★10分2人で3000円。雷門、たぬき通り、オレ  ンジ通り、中央通り…傳法院、浅草公会堂…雑   多な人々の行き交う街をゆっくりと、ゆったりと。

■ きっかけは京都 ■
―「人力車を引いて観光案内」という職業は珍しいですね。
 京都が大好きで、年4回くらい出かけていて、人力車に乗ったのがきっかけです。ネットで調べ、今の会社の募集に応募しました。
―大柄でもないし、そんなに力もありそうでなし…
 はい。運動経験もないし。でも1日10分でも15分でもジョギングしなさいといわれて、研修中はジョギングしました。テコの原理で動くので、コツさえつかめばそんなに力は要らないですよ。私より小柄な人もいますし。
―研修はどのくらい?
 人によって違うようですが、私は20日でした。接客や人力車のことはもちろん、観光案内の勉強もします。
―デビューの日はどうでしたか?
 不安でいっぱいでした。頭も真っ白になり…何を言ったかも覚えていません。なかなか声も出ませんでした。お昼ごろになって、「桜を見に行きませんか」と声がけして、おばあさんとお孫さんのふたりに乗ってもらって、「一生懸命引っ張ってくれてありがとう」といわれたときのことははっきり覚えています。
―お客さんに絡まれて困ったということはありませんか。
 ありません。3年になるのですが、皆さん「ありがとう」と笑顔を見せてくださるので、とてもやりがいがあるし、うれしいです。50代位の男性で、働いていないといいながら2時間も貸切で乗ってくださった人がいました。
―2時間貸切というと?
 2人で乗ると3万円ですが、一人なので18000円です。貸切は距離に関係ありません。30分で、2人で8000円。一人だと5000円です。30分で雷門に向かって左側だと演芸ホールや花やしきのほうまで回ってくることができます。右側だと隅田公園の中を戻ってくると桜の頃はすばらしいです。チケット売り場が雷門の右側50mくらいのところにありますので、普段は雷門近くでお客さんを待っているわけです。法被着て車引きの格好してますからすぐわかります。
―東京力車以外にも人力車の会社ってあるのですか?
 あります。9社くらいかしら。うちの会社には男の子が多いですが、女の子も4人います。俳優になりたい人、芸人になりたい人、など個性的で自己発信型の人が多いですから、私などはおとなしいほうです。 ―お母さんは心配しませんか?  はじめは反対しましたが、今は応援してくれています。父が小学校3年生の時亡くなりましたから、母には感謝しているんです。  私は高校の頃から、アルバイトしてまして。

■ いろんな資格取りました ■
―お母さんを助けるため?
 それほど殊勝な考えではなく、自分のお小遣いがほしくて。でもそのお金をためて、高校を卒業するとすぐ運転免許をとりました。卒業してもそのままそこで働きました。
―どんな仕事ですか。
 東武ストアでレジ打ちです。6年半。その後鎌ケ谷のイオンの洋服売り場で3年働き、そのあと今の仕事に就きました。  資格とるのに凝っていた時代もあってホームヘルパー2級、介護事務、販売士などの資格を持っています。俥夫へのきっかけになった、京都検定3級にも2007年合格しました。
―勉強家ですね。学校時代も勉強好きでしたか。
 いえ、得意ではありませんでした。社会や歴史など好きなことは夢中になるんですけど。私、ずっとお笑い芸人になりたいと思っていて、高校3年の時は友達に誘われて、コントを作ってオーディションを受けに行ったりしました。
―えっ。誰のファンですか。
 当時は「猿岩石」でした。いまもお笑いのテレビはよく見ますが、誰ということはありません。
―今でもお笑い芸人になりたい?
 いえ。今の仕事、すごく気に入っていて。でも結婚相手を見つけたいです。親にも早く孫の顔見せてといわれていますから…
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 イケイケの派手なおねえちゃんが現れるかと思いきや、なんとどっしりと落ち着いた娘さんが現れた。スッピンである。30歳になったんですよというが、まるで高校生のような雰囲気である。でも今の夢は人力車に乗って結婚式を挙げることだそうだ。  父親が肺がんで亡くなるとわかった時、母から父親の前では泣くなといわれたので、「しっかりしなくては」と思ったそうだ。生き抜く力と意志の強さはここから生まれたのだろうか。  浅草は楽しい街、江戸や昭和の文化がつまっている街、今日も歴史や文化を語り、浅草の楽しさをお客さんに伝えながら、心軽やかに車を引いていることだろう。