タウン情報誌 Cityかまがや99号

インタビュー  佐津間在住 島津幸生さん      佐津間出身渋谷総司と 坂本龍馬の接点は

■ 渋谷総司って? ■
―今回渋谷総司に関する研究を冊子にまとめたということですが。
 昭和63年に「渋谷総司の死」を作ったのですが、今回佐津間自治会館を作るにあたって、幕末の壮士として悲劇の最後を遂げた渋谷総司の資料室を作りたいと言う話があって、協力を頼まれました。
 パート1にくわえて年表化したパート2、4月3日の「相楽祭」に参加するため下諏訪を訪ねた話などをパート3として合冊しました。
―総司はどんな人だったでしょう。
 私は想像や創作でものを書け ないので、文献から紐解いていきます。昭和3年の「鎌ケ谷村佐津間有志」が謹写した「贈從五位澁谷總司傳」に基づいて書きました。
 幕末西郷吉之助の命を受けた赤報隊の幹部として行動。新政府の許可を得て年貢半減令を唱え、民衆の支持を得たが、最後に新政府に「年貢半減令」を撤回され、赤報隊に「偽官軍」の布告が出され、1868年(慶応4)、3月3日、隊長相楽総三らと共に計8人が下諏訪にて捕らえられ、斬首された。そのとき彼は22歳でした。
 その後孫たちが奔走し、昭和3年名誉回復され、いま宝泉院の境内に「贈從五位澁谷總司の碑」があります。
―生家がまだ残っていますが。
 
総司は地元佐津間の苗字帯刀を許された名主渋谷家の次男。1846年(弘化3)生まれ。8歳から3年間、松戸小金の儒者に学び、11歳で江戸に出て玄武館(千葉周作の3男千葉道三郎の道場)に通い、儒学は芳野金陵に学びました。
 佐津間は江戸にも近く、文明や時代の流れを比較的取り入れやすかったのでしょうかね。従兄の釜次郎(後の五稜郭事件の榎本武揚)が幕臣として活躍していた。その影響もあったかもしれません。
 「龍馬伝」が去年大人気でしたが、今回は総司の動きと龍馬の動きを対比してあります。龍馬は11歳年上で、18歳のとき約1年、21歳のときから約2年、江戸で千葉周作が編み出した北辰一刀流を学んでいる。龍馬が玄武館にも出稽古に通っていたらしいので、そこに総司と何らかの接点があったのでは?なんて考えると楽しいですね。

■ 郷土に誇りを ■
―正義感に燃え、日本の未来のために活躍した人が鎌ケ谷にもいたと思うとうれしくなりますね。
 私は郷土への誇りを持ってもらおうと、赴任先の郷土史研究をして、子どもたちに伝えてきました。鎌ケ谷の子どもたちにも総司の様な日本を愛する青年がいたんだということを知ってほしいです。
 偽官軍事件は新政府の既得権を守ろうとするずるさを感じます。また首を切られたのは、見せしめ的な意味もあったと思いますが、辞世のうたが残っているので、武士扱いをしてる面もみえますね。

■ 自由ということ ■
―鎌ケ谷に来て、どのくらい?
 30年くらいです。地価が安くて、便利。勤務地は千葉でしたから。  「千葉市立打瀬小学校校長」の時は外来者見学が3年間で1万人を超えました。
―何か特徴があったのですか?
 校舎は近未来形(?)のオープンスクールです。壁がない、チャイムがない、校則もない。寝転がって本を読む子もいる。自主性尊重教育のモデル校として、4年目に入り、2代目の校長として赴任しました。昔の校舎はヨウカン型が多く、どの教室も平等に明るく、暖かく、寒くでした。新校舎はガラスが多いから明るくてよいが、夏は暑く、冬は寒い。仕切りがないから冷暖房がきかない。
 「自主性尊重教育にためらいの新校長」なんてタイトルつけられて東京新聞(平成10年4月下旬)に載りまして。で、結局私に対するお詫びと言う形で、11月21日付に、「全国から視察者殺到…」と書かれて。着任した時に感じたものは、指導方法に工夫はあるが、規律がない学校でした。自由と放任は違う。なんでもありの自由ではなく、「規律の中の自由。自主性は育てるもの」と言うのが、私の言いたいことだったわけです。
*    *   *
 ちょっとまずは書斎を見てくださいと通されたところは、今までの研究資料や世界各地から集めた石や、大好きだと言う手塚治虫の本。家1軒分の資料だ。車も携帯も、お酒もタバコもやりませんから、どこにお金使うかだけでしょう、と涼しい顔。  「頼まれたら断わったことないです」と。書くことも大好き。教師時代は理科を担当していたが、平成になって、新しく学習指導要領に盛り込まれた総合的な学習の研究に情熱を燃やし、あちこちの学校に(鎌ケ谷の小学校にも)講師としてでかけ、千葉大学非常勤講師としても活躍した。 「新しいものをつくっていく時、実践しながらそれを理論に結び付けていくんですよ」とそのたのしみを語る。好奇心旺盛な人である。

▲渋谷総司の生家(文政9年・1826年建築。下総地方の典型的な役人クラスの母屋である(門の後側)。萱葺き屋根の上に銅板を葺き、保存している。
             
★ ぷろふぃーる ★島津幸生(しまず・ゆきお)昭和18年3月台湾の台南市生まれ。22年世田谷へ、後に江東区へ移り、東陽小、深川4中、都立葛飾高を卒業し、千葉大学教育学部(教育学専修)卒業。さらに文理学部(地質学専攻)を卒業。在学中に行政書士・宅地建物取引員の資格取得。千葉市等の小学校にて教鞭をとる。千葉市立稲毛・打瀬・幕張西小の校長(平成6〜14年度)を歴任。現在は悠々自適の生活。趣味 旅行、石の蒐集など。 血液型A型 著書「ペットボトル百科」(少年写真新聞社)。「情報のあつめかたまとめかた」(国土社)ほか